永原 皓『コーリング・ユー』(集英社文庫)を青木千恵さんが読む
[レビュアー] 青木千恵(フリーライター・書評家)
壮大なミッションを描く海洋冒険小説
動物と話せる医師が活躍する「ドリトル先生」シリーズなど、動物を題材にした物語は、古今東西、無数に描かれてきた。本書は、動物を擬人化した場面がある海洋冒険小説だ。第三十四回小説すばる新人賞の受賞作で、二〇二二年に刊行された単行本の文庫化である。
いとこ同士の仔シャチ、カイとエルのおしゃべりから物語は始まる。〈海の王者〉〈冥界からの魔物(オルシナス・オルカ)〉とも言われるシャチは緊密な群れで行動するが、幼いカイとエルは八月のカムチャツカの海で捕獲され、離れ離れになってしまう。雄のカイはアメリカの海洋研究所に運ばれて〈セブン〉と名付けられ、真冬のベーリング海で“新種の発電菌”を引き上げるミッションに使われることになった。二ヶ月後の出発に向けて研究員のイーサンと飼育員のノアが訓練を始めると、セブンは人の考えを理解し、驚異的な能力を発揮していく。セブンが言葉にした「アン・ワー」の意味とは――?
動物を擬人化した冒頭こそファンタジー小説のようだが、海洋×科学×動物×冒険を融合させた、リアルで骨太なストーリーだ。物語の大半は、巨大バイオ企業の依頼で進むミッションを描いた群像劇で、イーサンら人間たちも魅力的に造形されている。人間の都合に合わせた研究に従事し、成功報酬に惹かれて今回のミッションを引き受けたイーサンは、天才シャチのセブンと出会い、やがて自分の中に流れる〈声〉を聴く。〈生命はすべて、互いを呼び合うのだろうか〉。
本書は、人間を含めた動物のコミュニケーションに着目している。陸の哺乳類、例えば人間は、音や言葉でコミュニケーションをとる。では海の哺乳類は、どんな〈声〉を持っているのだろうか。著者はこの世界に満ちる〈声〉に聴覚を集中させて、物語を紡ぎだしている。
人間の群像劇なのに、なにより動物のセブンが愛らしい。海の描写も素晴らしく、人と自然のありようにまで視野を広げてくれる。日々の情報から美しい〈声〉を聴き分けて、野生に敬意を払いたい。そんな気持ちになる物語である。
青木千恵
あおき・ちえ●書評家