『無用の効用』
- 著者
- ヌッチョ・オルディネ [著]/栗原 俊秀 [訳]
- 出版社
- 河出書房新社
- ジャンル
- 哲学・宗教・心理学/哲学
- ISBN
- 9784309231242
- 発売日
- 2023/02/22
- 価格
- 2,475円(税込)
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『無用の効用』ヌッチョ・オルディネ著、栗原俊秀訳
[レビュアー] 花房壮(産経新聞社)
■効率至上主義へ警鐘
中国の古典『荘子』に出てくる「無用の用」は、一見役に立たなそうにみえる事物が、別の視点からみると重要な役割を果たす-といった意味。本書はルネサンス文学研究で知られるイタリアの専門家が、古今東西の古典作品から「無用の用」の重要性を説く箴言(しんげん)を集め、世にはびこる実利主義や効率一辺倒の思考への解毒剤を提供する。
読み進めるうちに、自分がいかに短絡的な「役に立つ」思考に染まっていたかを診断されるようで反省した。日常生活を顧みるに、人からの頼み事を断るときに「お役に立てず申し訳ありません」と無意識にメールの末尾に書き添えてしまうあたりは、もう手遅れかもしれないが…。
さて、「役に立たない文学や芸術を愛せる人間になるために!」とうたい文句にあるように、文学が宿す効用を称(たた)える引用がとにかくしみる。例えば、ペルー出身の作家マリオ・バルガス・リョサが行った2010年のノーベル文学賞授賞式でのスピーチ。「文学のない世界」は「自分自身から抜け出て他者に変身する能力、わたしたちの夢という粘土から造形された無数の他者に変身する能力」が奪われた世界だと喝破する。文学には他者への共感や寛容さを育む土壌があると力説する内容は何度も読み返したい。
このほか、実利主義が広がる中で「事物は役に立つようになった途端に、美しさを失う」(詩人ゴーチエ)からは、昔から「役に立つ」ことへの軽蔑や警戒感があったことがうかがわれて興味深い。
無知から脱するための知識の追求は「ただひたすら知るためであって、そのほかの効用のためではなかった」(哲学者アリストテレス)は、古代ギリシャの時代から真理への探究が商売や立身出世の具になり下がることが常態化していた様子を示唆する。
古典離れが加速する教育界への危機感もにじむ。著者が教える大学では、文学部に通う学生の保護者から就職を心配する声が少なくないという。日本も人ごとではない。(河出書房新社・2475円)