SNS炎上や批判に負けない力を持つために、いま知っておきたいメンタルの処方箋

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ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る

『ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る』

著者
内田 舞 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784166614066
発売日
2023/04/20
価格
1,122円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

SNS炎上や批判に負けない力を持つために、いま知っておきたいメンタルの処方箋

[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)

ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る』(内田 舞 著、文春新書)の著者は、ハーバード大学准教授、小児精神科医・脳科学者。トランプ政権下のアメリカで新型コロナパンデミックを経験した2020年当時は、3人目の子がおなかにいる妊婦でもあったのだそうです。

特筆すべきは、ワクチンの安全性や有効性を示す治験の結果や、妊婦には影響を与えにくいと考えられるmRNAワクチンの仕組みを吟味し、妊娠34週目だった2021年1月初旬にワクチン接種を受けたという事実。

世界でも初めてに近い段階で妊娠中にワクチンを接種できた立場として、あとに続く妊婦さんのためになる情報を提供しようと、ワクチン接種をした妊婦の追跡研究に積極的に参加。

正確な化学情報に基づいて納得できる判断をしてもらいたいとの思いから、ワクチン接種の意義や情報を考え合わせたうえで、「接種するリスク」と「接種しないリスク」を天秤にかけた説明をしてきたのだといいます。

また、「ワクチンを接種すると流産する、不妊になる」といったデマが広がるなか、SNSに投稿したのがおなかの大きな自身がワクチンを接種した姿を写した写真(本書のカバーにもなっています)。結果、想像以上の反響があったものの、SNS上で数千件にもおよぶ誹謗中傷のことばに直面することにもなったのだとか。

「死産報告書:死因は母親のワクチン接種」などと書かれたメッセージも届きました。

(中略)その選択が正しいと論理的にわかってはいても、お腹の中の赤ちゃんが死ぬという言葉をかけられ続けると、胎動が気になってしまったり、また、妊娠中にワクチンを接種したとメディアで紹介された私自身が健康な子を産まなければ、日本のワクチン忌避はさらに深まりかねないと要らぬ責任を感じてしまいました。

(「プロローグ 妊婦のワクチン啓発で気づいたThemとUs」より)

それでも、すべての批判や否定的な意見の表明が「悪い」わけではないと著者はいいます。

自分の大切にしているものを侮辱されたときには正直な思いを伝えてもよく、社会への悪影響が懸念されるなにかを正そうとする人たちがいることも尊重すべきだから。ただし、近年の「炎上」の荒波に乗じたネガティブな意見の大半はまた別ものでもあるはず。

不安が冷静な判断力を抑制する

興味深いのは、「他者を叩きたくなるのは、人間を含む生物が『生存』に有利になるように進化し、その過程で脳も身体も生存に関わる機能が培われてきたから」だという指摘です。

ネガティブな感情に支配されると「生存のために行動しなきゃ」と無意識に焦燥感に駆られて行動に出てしまうものです。

コロナ禍であれば「生存のための情報」を集めるため、ブログやYouTubeや記事を探したこともあるでしょう。

また、「自分の家族の生存のために得た情報を拡散しなきゃ」と、自分自身まだよく理解できていない情報を、様々な人にシェアしてしまったこともあるでしょう。生存のための感情に従って、無意識下に脳がこのような行動を促しているのです。

さらに、不安感が強いときに、「自分の生存のためには、他人はこうしなきゃいけない!」と他人をコントロールしたくなるのも脳機能の一つです。(38ページより)

つまりパンデミックのような、誰もが不安のなかに置かれた状況下においては、とくに攻撃性が高まるということ。そしてそれは、分断やヘイトが生まれやすいタイミングでもあるわけです。(36ページより)

承認欲求とネガティブな感情のはけ口

そんな脳機能の働きが行き交うネットコミュニケーションにおいて、強い承認欲求とネガティブな感情のはけ口となるのがSNS

なかなか解決策を見出せない不満の感情を吐き出し、意見の違う誰かを攻撃することで、同調するひとから「いいね!」がつくーー。それが、味方を得たかのような安心感につながる可能性があるのです。

しかし問題は、「叩く」ことに対するハードルが下がってしまうこと。SNSの速いペースに乗って、「部族」のリーダーであるインフルエンサーに影響されつつ、匿名の多数が同じ方向へ大挙して進むような荒波がつくられてしまうわけです。

そんななかで流れに反した意見をいえば叩かれることも多いため、“異なった意見が表明できない雰囲気”が醸成される可能性も大いにあります。

また意見が先鋭的であるほど、若しくは影響力のある人の意見ほど、“巻き込み力”が強くなるのは当然の話。その極端な例が「炎上」なのかもしれないと著者は推測するのです。

「伝える」ことと「論破する」こと、あるいは「証明する」ことは別物ですが、感情に火がついた議論というのは、時にヒートアップし、その過程ではおかしな論理のねじれや心理的な操作を加えた意見が必ずと言っていいほど登場します。

そうなった場合、相手の論理の弱点を衝いて崩そうと思うあまり、言葉尻を捉えたり揚げ足をとったりして喧嘩になり、当初の思いから外れて問題の本質は置いていかれることも少なくありません。(40ページより)

そのため、議論されていることを理解しようという真摯な気持ちより、「ある人を攻撃したい」というネガティブな気持ちだけが先走ってしまう可能性もあるわけです。とくにペースの速いSNSにおいては、初めて見た他人の意見を熟考することなく、あたかも自分の意見のように発信してしまうこともあるもの。

また、流れに反した意見を表明しづらい雰囲気と、同じ情報源をフォローし合う人たちの「フィルターバブル」(同質性のなかの情報の偏り)のなかで、お互いを間違った一方向に導いてしまうこともあるでしょう。

冷静になって考えてみれば、SNSのひとつのバブルのなかで起きていることの大半が、じつはとても小さなものだということがわかるはず。にもかかわらず、その渦中にいると本質を見失ってしまいがちだということです。(39ページより)

立ち止まって考えなおす力=「再評価」

「感情に任せる瞬時の反応」も「承認されるために起こす行動」も、誰もが持つ自然なメカニズム。とはいえ意識せず野放しにしていると、人生に悪影響を及ぼすこともあるでしょう。

したがってこの厄介な脳機能とうまくつきあっていく必要があるわけですが、そのための重要な脳機能として、著者は自身の研究テーマのひとつである「再評価(Reappraisal)」を挙げています。

「再評価」とは、ネガティブな感情を感じたときに一旦立ち止まり、その感情を客観的に再度「本当に今このようなネガティブな感情を感じる必要があるのか」と評価して、状況、または感情をポジティブな方向に持っていく心理的プロセスです。

感情が「好ましくない状況である」と「評価」したときに、瞬時に行動に移す前に、一回立ち止まって再度「評価」し直すわけです。(68ページより)

重要なポイントは、「再評価」が炎上のなかでも効果をもたらすこと。たとえばツイッターなどでフェミニズムや人権に関して発言することが多いという著者は、発信に対してネット上で攻撃を受けることも少なくないそう。

そのたび反論したいという思いも生じるものの、そんなときにはいったん立ち止まり、発信の目的を「再評価」することにしているというのです。

例えば、攻撃を向けてくるある特定の人の発言が頭を占めたとしても、私にとっては「この個人をいま論破すること」が目的なのではなく、「女性の自己決定権が得られるように、多くの人に新しい視点を伝えたい」といった思いで発信したのだと考え直せると、特定の人からの的外れな攻撃は相対的に小さなことだと思えるものです。(74〜75ページより)

つまり「再評価」を挟めば、「なにもいま、この個人に私の考えが理解されなくてもかまわない」とひと呼吸おいて考えられるようになるということ。小さな余裕が生まれるわけであり、これは炎上だけでなく、日常のさまざまなトラブルにも活用できることなのではないでしょうか?(67ページより)

こうしたところをスタートラインとし、以後も本書では「ソーシャルジャスティス(社会正義)」のあり方や育て方が広い視野で論じられていきます。他者との適切な距離のとり方が測りにくくなっている時代だからこそ、著者自身の経験を軸とした本書をぜひとも参考にしたいところです。

Source: 文春新書

メディアジーン lifehacker
2023年5月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

メディアジーン

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