『ムラブリ : 文字も暦も持たない狩猟採集民から言語学者が教わったこと』
- 著者
- 伊藤, 雄馬, 1986-
- 出版社
- 集英社 (発売)
- ISBN
- 9784797674255
- 価格
- 1,980円(税込)
書籍情報:openBD
【聞きたい。】伊藤雄馬さん 『ムラブリ』
[文] 伊藤洋一(エコノミスト)
伊藤雄馬さん
■消滅危機言語と向き合う
ムラブリとは「森(ブリ)の人(ムラ)」を意味する少数民族。タイやラオスの山岳地帯に暮らす狩猟採集民で、人口は500人前後と推測される。定住者がいる一方、森を移動しながら生活するグループも。
「現役ではおそらく唯一のムラブリ語研究者」を自負する著者は大学生のとき、人類学の講義で見たテレビ映像で彼らの存在を知った。「言葉の音がとても印象的。歌うような響きで文章が長くなるほど声が高くなる。美しい言葉を話せるようになりたい、と」
休学し、アルバイトで留学資金をためて向かったタイ北部の村での調査は「壊滅的だった」。母音が日本語の倍もあって聞き取るのは至難の業。シャイな民族がすぐに心を開いてくれるわけもなく、彼らも話すタイ語の学習からやり直した。
ムラブリ語は国連教育科学文化機関(ユネスコ)が発表した「危機言語」リストに記載され、話者がいなくなる恐れがある。文字を持たないため、保存するには発する単語をオウム返しで発音し、国際音声記号で記録する。初訪問から5年後、日本の人類学者と共同研究をした際に衝撃を受けた。
「その学者は彼らが何を考えているかに興味を持って話すうち、流暢(りゅうちょう)になっていった。ぼくは言葉ばかり気にしていた。彼ら自身に興味を持つようになると、言葉もスラスラ出てくるようになった」。15年で約50回訪問。日本語の次に得意な言語になった。
時間を守るのが苦手、就職したくないから大学院へ進むなど、いやなことはしたくないムラブリ的要素が自身に内在するという。眠る場所を固定しない彼らにならい、東京と関西では友人宅に泊まり、携帯できる住居用ドームも開発中だ。「ムラブリとして、自由に生きられる研究を続けたい」とリュック一つの身軽な姿で飛び回る。(集英社インターナショナル・1980円)
伊藤洋一
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【プロフィル】伊藤雄馬
いとう・ゆうま 言語学者。昭和61年、島根県生まれ。平成28年に京都大大学院文学研究科研究指導認定退学。東京外大アジア・アフリカ言語文化研究所共同研究員などを歴任。昨年公開のドキュメンタリー映画「森のムラブリ」に出演、字幕翻訳なども担当した。