ベストセラー『水曜の朝、午前三時』の著者が再び描く愛の物語。青春という過去を抱きつつ、いま身近にいる人を大切に思う。だから人生は美しい――

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美しき人生

『美しき人生』

著者
蓮見 圭一 [著]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784309031026
発売日
2023/04/10
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

ベストセラー『水曜の朝、午前三時』の著者が再び描く愛の物語。青春という過去を抱きつつ、いま身近にいる人を大切に思う。だから人生は美しい――

[レビュアー] 田村文(共同通信編集委員)

 1970年の大阪万博を舞台に苦く哀しい恋を描き、ベストセラーとなった蓮見圭一の小説『水曜の朝、午前三時』(2001年)のタイトルは、サイモン&ガーファンクルの曲名と同じだった。本書『美しき人生』の題名は一見平凡だが、英訳として「What is Life」とあるのを見ると、ジョージ・ハリスンの『美しき人生』から取っていると推察できる。その曲は小説のモチーフと結びついて通奏低音のように響き、心にじんわりとしみ込んでくる。

小説の構造も『水曜の朝、午前三時』に似ている。『水曜の朝、午前三時』は「僕」という語り手がまず登場し、詩人で翻訳家の四条直美が45歳で死んだと告げた後、彼女が娘に残した録音テープによって本編が始まる。四条による「語り」という枠組みなのだ。

本書『美しき人生』も冒頭、記者でラジオ番組の構成作家もしている阿久津哲也が登場し、息子が通う高校の校長、真壁純と知り合い、彼の来し方が語られていく。聞き手の阿久津は徐々に背後に退き、語り手の真壁が前面に出て来て、小説の骨格を成す。

阿久津は離婚した元妻と暮らす息子の高校の卒業式に出席するため、静岡・沼津に向かう。この卒業式のシーンだけでも十分、面白い短編として読める。息子の成長を喜ぶ父としての阿久津が描かれた後、真壁校長の挨拶となる。

真壁は36年前、この高校を卒業した。一浪して東京の大学に入った年の夏、父方の祖母の墓参りのため北海道の岩内町を訪ねた。東京生まれだが、事情があって父の実家で育ち、祖母が母親代わりだった。中学2年の時、祖母が老人ホームに入所することになり、それを機に母の実家に引き取られることになって、沼津に来た。20歳になって訪ねた岩内でたまたま献血によって人助けをした。「みなさん、何のために生きているのか迷わないでください。あなたたちは人の役に立つために生きているのです。(中略)見返りは求めないでください。みなさんがこれから払う努力こそが、みなさんの青い鳥なのです」

真壁の話に興味を持った阿久津は、3年分の卒業式の音源を取り寄せて聞き、書きたいと思う。雑誌に持ち込んで断られるが、自らが構成を務めるラジオ番組のスタッフが乗り気になる。阿久津はプロデューサーとともに真壁に会いに行く。

いよいよ真壁の人生が本格的に語られる。両親を交通事故で亡くし、岩内の祖母に育てられた。中2の12月、祖母に別れを告げるため老人ホームを訪ねる場面が深い印象を残す。言葉にならない真壁に代わって医者が話す。「ばあちゃん、ジュンはお礼を言いに来たんだ。これまで、ありがとうって。ばあちゃんにしてもらったことは死ぬまで忘れないって」

この時、彼は物語のヒロイン、水島明子を伴っていた。これは2人の初デートでもあったのだ。彼女は何度も「美人」であることが強調される。真壁が沼津に引っ越してからも文通していたが、ある時から音信が途絶える。大学入学後に北海道に向かった真壁は、別人のような姿になった明子と再会する―。

若き日の恋愛が核にある小説なのだが、周囲の人々の親切や無償の愛にむしろ、引きつけられた。母親代わりとなった岩内の祖母だけではない。沼津で一緒に暮らした母方の祖母は、屋台でトンビ(イカの口を串刺しにして焼いたもの)を売って育ててくれた。

祖母の死後、面倒をみてくれた叔母には、真壁を大学に進学させる資力はなかったが、主治医の村松が何百万円かのお金を出してくれた。村松は返済の必要はないと伝えた後で言う。「その代わり、ひとつ条件がある。きみだけじゃない、世の中には助けを求めている人が大勢いる。大学を出たら、今度はきみがその人たちを助けてやれ。それが条件だ」

語られるのはかなわなかった恋であり、幾つかの別れの哀しみである。だが、何十年も前の話である。時間がたてば細部は切り落とされ、美化される。多少の滑稽さも加わる。そして郷愁と物悲しさが全面を覆う。表紙のセピア色がそれを象徴しているかのようだ。

物語の流れに沿って音楽や本、映画の名前が出てくる。ビートルズの『夢の人』、太宰治の『親友交歓』、70年代の青春映画『アメリカン・グラフィティ』、夏目漱石の『こころ』、プルーストの『失われた時を求めて』、トルストイの『戦争と平和』、シンディ・ローパーの『トゥルー・カラーズ』…。終盤ではヘンリー・ミラーのアフォリズムが引用される。

たくさんの書物や音楽に触れ、多くの人に支えられて、一人の人間は生きている。青春という過去を抱きつつ、いま身近にいる人を大切に思う。だから、人生は美しい。最初から最後まで飽きさせることなく、しみじみと温かい読後感が得られる一冊である。

河出書房新社
2023年6月 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河出書房新社

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