<書評>『三島由紀夫論』平野啓一郎 著

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三島由紀夫論

『三島由紀夫論』

著者
平野 啓一郎 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784104260102
発売日
2023/04/26
価格
3,740円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『三島由紀夫論』平野啓一郎 著

[レビュアー] 佐藤秀明(近畿大名誉教授・三島由紀夫文学館館長)

◆認識論・存在論を中心に

 渾身(こんしん)の直球ばかりをストライクゾーンに投げ込んだような三島由紀夫論の大著である。小説家としての興味や偏愛から、作品の美的価値を発見するというのではなく、執拗(しつよう)に愚直に三島の小説や随筆を読み解き、その思想を解明しようとしたものだ。

 論じられた作品は、『仮面の告白』『金閣寺』『英霊の声』『豊饒(ほうじょう)の海』の四作品。作品論ではあるが、重心は作家論に傾いている。

 中心的な論点は認識論と存在論だ。この世界の価値とこの世界が虚無か実在かを論じる存在論は、三島由紀夫にとっては根本的な問題だった。

 二十代の『仮面の告白』で、性指向と恋愛感情との不一致を捉え、それが三十代の『金閣寺』での戦後社会への適応の試みにつながり、四十代の『英霊の声』で、天皇主義と死を希求したという論旨の流れがある。その根底に認識論と存在論があると見て、『豊饒の海』論では、大乗仏教の唯識論を探究する。戦後社会を空虚と感じながら、世界の「空」を基本とする仏教と三島はどう関わったのか。

 その経緯を平野啓一郎はハイデッガーや近年の唯識研究を踏まえて解明していく。特筆すべきは、『豊饒の海』から読み取った虚無と文化の積層構造の図式である。

 基底に「死的な虚無/虚無的な死」という「世界無」が置かれ、その上層に「『物自体』の認識不可能な実相」がある。その上には、三島がインドのベナレスで実見したような「ドロドロした『現実所与』」という認識可能な混沌(こんとん)とした現象があり、それが洗練されて「文化」が実在する。三島も未整理だった虚無に錘鉛(すいえん)を下ろし、文化のありようを見事に整理してみせた。

 そして「文化」の一方の先に「芸術」が、それに対置する形で「文化」を統括する「天皇」が置かれるという構図である。

 平野によれば、三島は唯識を誤解していたという。世界はすべて「識」だと説く唯識に対し、三島は世界の実在にすがった。作品と最後の行動のためには、世界は存在しなければならなかったのである。

 (新潮社・3740円)

 1975年生まれ。小説家。著書『マチネの終わりに』『ある男』など。

◆もう一冊

『三島由紀夫 悲劇への欲動』佐藤秀明著(岩波新書)。死の志向を生得のものと考える。

中日新聞 東京新聞
2023年6月11日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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