Twitterがきっかけで執筆した「食」の物語。『三千円の使いかた』の原田ひ香が自身の好きな作品を語る

インタビュー

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まずはこれ食べて

『まずはこれ食べて』

著者
原田ひ香 [著]
出版社
双葉社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784575526547
発売日
2023/04/12
価格
803円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「会社で家政婦を雇ってみたら、ご飯も作ってもらえて効率が上がった」――Twitterでの一文がきっかけで考え始めた小説『まずはこれ食べて』原田ひ香インタビュー

[文] 双葉社

 話題沸騰中の『三千円の使いかた』『ランチ酒』の原田ひ香の最新文庫、『まずはこれ食べて』が発売中だ。

 舞台は若者たちが立ち上げたベンチャー企業。社員達はみんな不規則な生活のせいで食事はおろそかになり、社内も散らかり放題で殺伐とした雰囲気になっている。社長は環境改善のため会社で家政婦を雇うことに。やってきた家政婦の筧みのりは、無愛想だが完璧に家事をこなし、心がほっとするご飯を作ってくれる。筧の作る食事を通じて社員たちは次第に自分の生活と人生を見つめ直していく──。人生の酸いも甘いも詰まった味わい豊かな本作を執筆した原田さんに、作品にこめた思いを伺った。

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原田ひ香氏 写真:川しまゆうこ

■自分が30歳だったら「やってみたいこと」を描いた職業や人物像たち

──『まずはこれ食べて』は学生時代の友人同士で起業したベンチャー企業が舞台です。社員の若者達が「会社で家政婦を雇おう」と思い立つのがユニークに感じましたが、この設定はどのように思いついたのでしょうか?

原田ひ香(以下=原田):実は、最初はTwitterで「会社で家政婦って雇えるらしい。お掃除とかしてもらうだけじゃなくて、ご飯も作ってもらったら、雰囲気が良くなって効率も上がったって、聞いた」というような一文を読んだんです。なるほど、そういうことができるんだなあ、と感心して、考え始めたのが、この小説です。

──大学卒業と同時に立ち上げたベンチャー企業で働く社員達。30歳を迎えると同時に、結婚を焦ったり、もっと大きな企業へ転職すべきかと悩んだりしはじめますが、この年代の人物達を書いてみていかがでしたか。

原田:ちょうど、この話を考えたり、書き始めたりしたのが平成の最後の方でした。平成の最初に生まれた人が、そろそろ次の年号に変わる、ということになったらどういう気持ちになるんだろう? しかも、それが30歳、という人生としても節目に当たるのだから、とても感慨深いのではないか、と。

 昭和の終わり、私は18歳で大学受験の頃でした。それは突然で、それまで昭和はとても長くて、永遠に続くような気がしていたので、ちょっとショックでした。平成生まれの人は年齢的にももっとショックや感慨が大きいのではないか、と思いました。

 若い人を書いたけど、そのことはあまり違和感なかったです。今、自分がこのくらいの歳だったら、こういうことをしたい、というような職業や人物像を書けたので、とても楽しかったです。若かったら、友達と起業する、というのは夢でもあるので。

──一方で、会社に雇われた家政婦・筧みのりは、ぶっきらぼうだけど仕事を黙々とこなし、「働く」ことにブレない矜持を持つ中年女性。筧のようなキャラクターはどのようにして生まれましたか?

原田:家政「婦」だけど、あまり女性的でない人がいいな、と最初から考えていました。会社の中に入っていくのは、できたらベタベタしたお節介を微塵も感じさせない人がいいんじゃないか、と。CEOの田中もきっとそういう女性を選ぶのではないか、と思いました。

──社員達は、学生時代に一緒に起業したにもかかわらず仲違いしてしまった柿枝という男に、心の一部をずっと支配されています。独特の強烈な魅力がある一方で、支配欲の強い恐ろしい面もありますが、柿枝のような人物を描いてみていかがでしたか?

原田:柿枝のような人はいろんなところにいるし、その能力や性格にも濃淡があるのではないか、と思います。彼も学生時代は、そう問題なく過ごせるんですが、社会人になってくると問題や他の人との差異がだんだんと大きくなって、周りと合わなくなってくる……。それから、彼のような人間はすごいアイデアマンで能力も高く、嘘をつくことに恐れがなく、そして、睡眠時間がほとんど必要ない、という特徴があるんですよね。その感じを書きたいと思いました。

■人生のコツはとにかく、可能な限り、よく寝てちゃんと食べること


原田ひ香氏 写真:川しまゆうこ

──家政婦の筧は、色んな悩みを抱える社員達に『焼きリンゴ』『出汁巻き玉子』など、身近な食材で丁寧に作った食事を振る舞います。原田さんはご飯ものの小説を多数執筆されていますが、どういったところからメニューやレシピのヒントを得ているのでしょうか?

原田:焼きリンゴは、昔、軽井沢の洋食屋で食べました。厨房が見える店で、目の前で作ってくれるのをじっと見ていたんです。そういうふうにお店で食べたものを再現することもありますね。出汁巻き玉子も学生の頃、京都で食べたお店のレシピです。その店のレシピ集もあるのですが、卵5個に出し汁1カップというのは、もう何度も作って、何も見なくても作れるようになりました。

──それまで散らかり放題で殺伐としていた会社が、筧によって清潔に居心地良く整えられ、おいしいご飯を提供されることで、社員の心はほどけていきます。食と住が満たされることで考え方や感じ方も変化していく様子が描かれていますが、原田さんの生活上「まずはこれをしないと」と感じることはなんですか?

原田:これをしなければならない、というか、これしかできないというのが、ご飯で、それだけは割とちゃんとやっていますね。あとは睡眠です。締め切りやテスト勉強が切羽詰まっても、人生で今まで一度も徹夜をしたことはありません。寝不足になるくらいなら、0点取る、と周りに豪語したことがあります(笑)。自慢できることでもないかもしれませんが……。

──登場人物達のように、現代人の多くは仕事に熱中し過ぎると生活がおろそかになりやすく、1日のうち食事をきちんと摂ることも難しい時があります。熱心に働くことと、頑張った自分をケアすることのバランスを、どのようにとっていくのがいいでしょうか。

原田:若いうちや仕事によっては生活が疎かになることもあるでしょう。できたら、睡眠だけは確保した方がいいと思いますが、なかなか自分では調整できない人もいると思います。

 仕事に関しては、最近は転職コンサルタントのようなサービスも多くなり、首都圏だけでなく、地方にもあると聞きます。どうしてもそれが叶えなれないなら、転職も一つの選択肢として考えてみたらどうでしょうか。自分の条件をはっきりと主張してより良い職場を求めていけば、ひどい環境では人が集まらない、ということが社会に浸透するチャンスとなるかもしれません。あなたの転職は決して自分だけのためでなく、日本全体のためなのだ、と考えて、行動してみたらいかがかと。

 とにかく、可能な限り、よく寝てちゃんと食べることです。野菜たっぷりの味噌汁を作り置きしたり、レンチンでできる鍋ものを用意したり、朝、一個のトマトを食べる、など簡単に野菜を食べられる方法は結構ありますよ。

──これから読む方へ向けて、読みどころや楽しんで頂きたいところをぜひ教えてください。

原田:私はその時、気になっていることをすべて詰め込むきらいがあるのですが、この時は会社内家政婦、起業、医療問題、無国籍など、自分が注目していたことを全部入れて書けた気がします。自分の中ではとても好きな物語なので、おいしい食べ物の話を読みつつ、現代の働き方や問題を考えていただけたら幸いです。

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原田ひ香(はらだ・ひか)プロフィール
1970年、神奈川県生まれ。2005年「リトルプリンセス2号」で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞、07年「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞受賞。著書に『母親ウエスタン』『復讐屋成海慶介の事件簿』『ラジオ・ガガガ』『三千円の使いかた』『口福のレシピ』『一橋桐子(76)の犯罪日記』、「ランチ酒」「三人屋」シリーズなどがある。

COLORFUL
2023年4月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

双葉社

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