『白鶴亮翅(はっかくりょうし)』多和田葉子 著

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白鶴亮翅

『白鶴亮翅』

著者
多和田葉子 [著]
出版社
朝日新聞出版
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784022519047
発売日
2023/05/08
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『白鶴亮翅(はっかくりょうし)』多和田葉子 著

◆ベルリンに羽を広げて

 ベルリンを舞台にした長編小説。主人公の日本人女性は研究者の夫と一緒にドイツに来たが、夫が帰日してからも一人で残り、翻訳をして生活費を稼いでいる。一人称で彼女の日常が描かれていくのだが、これが無類に面白い。

 次から次に話題が移り、日常を描いているのに、一つ一つの出来事にドラマがあり、奥行きがある。それが豊かな味わいになっている。コクがあるのだ。それで、なかなか本を閉じられない。

 女性主人公と隣人や友人、知人との交流が描かれていく。彼らのルーツはさまざまで、ベルリンが国際性に富んだ街であることが実感できる。ちなみに主人公はこの都市に恋をしていると話す。国境を感じさせない自由さがのびのびとさせるのだろう。

 隣に住む年上の男性は東プロイセン(バルト海南岸の地域)の出身。彼に頼まれて一緒に太極拳を習うことになり、そこでも、多様な人生を過ごしてきた人たちと知り合うことができる。

 太極拳の先生は中国東北部出身らしい女性。さらには裕福なロシア人女性、フィリピン出身の英語教師、女性の歯科医師やケーキ店主。彼女たちが織りなす人間模様を眺めているうちに、読者は世界史に思いをはせ、人の世の喜怒哀楽を垣間見ることになる。

 文学作品や映画がいろいろと出てくる。主人公は生活のための翻訳とは別に、ドイツの劇作家、クライストの短編小説『ロカルノの女乞食』を翻訳している。その作品に幽霊が登場するので、彼女は幽霊について考えをめぐらす。それが現実に姿を現したように、幽霊をめぐる騒動に巻き込まれることもある。

 文学についての連想や発想が自由に羽ばたくのが楽しい。『グリム童話』や『楢山節考』『罪と罰』が女性の立場から読み替えられる。

 タイトルは太極拳の型の一つ。鶴が羽を広げるように右腕を強く上げる。登場する女性たちはみんな悩みながらも、羽を大きく広げて生を謳歌(おうか)しているように見える。それが小説の深々とした解放感につながっている。

(朝日新聞出版・1980円)

1960年生まれ。作家。2006年よりベルリン在住。著書『献灯使』。

◆もう1冊

『地球にちりばめられて』多和田葉子著(講談社文庫)。自由を求めて旅する多彩な人たち。

中日新聞 東京新聞
2023年7月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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