『白鶴亮翅(はっかくりょうし)』多和田葉子著(朝日新聞出版)
[レビュアー] 池澤春菜(声優・作家・書評家)
太極拳の型のように、滑らかに物語は進む。
夫と別れ、一人ベルリンに住む翻訳家のミサは、お隣に住む初老の男性Mさんと知り合う。Mさんのお願いで、一緒に太極拳クラスに通うことになったが、そこには様々な人がいた。
ミサの日々は、ふと向こう側へと迷い込む。家電たちがおかしな関西弁で話しかけてきたり、蛇足という言葉を考えていると足の生えた蛇を見たり、森の中にある不思議なケーキ屋さんに辿(たど)り着いたり、道行く老婆に捨てられた月を見せて貰(もら)ったり。
母国語でない言葉だからか、人々の会話はとても丁寧で、少し距離がある。
Mさんは東プロイセン出身、パートナーはプルーセン人の末裔(まつえい)だという。太極拳クラスにもロシアや、中国、フィリピン、様々な国から人が集まる。出身も文化も人生の背景も違う人たちが、同じポーズをとり、静かに呼吸をする。歴史と政治、傷みに満ちた複雑な関係性が、時に太極拳を通じて繋(つな)がる。
タイトルにある白鶴のように壁や国境など飛び越えて、人の心に降り立つことができればいいのに。