幕末の異才の一代記 『絵師金蔵 赤色浄土』藤原緋沙子著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

絵師金蔵 赤色浄土

『絵師金蔵 赤色浄土』

著者
藤原緋沙子 [著]
出版社
祥伝社
ISBN
9784396636449
発売日
2023/05/18
価格
1,925円(税込)

幕末の異才の一代記 『絵師金蔵 赤色浄土』藤原緋沙子著

[レビュアー] 黒沢綾子

幕末の土佐国で活躍した絵師、金蔵(1812~76年)の波乱の生涯を描いた一代記。林洞意(とうい)、弘瀬金蔵など何度か改名しているが、通称の「絵金(えきん)」が最も通りがよいだろう。高知生まれの歴史時代作家が独自の考察を深めて描く、絵金の極彩色ワールドとその背景が面白い。

貧しい髪結いの家に生まれた金蔵は、町人ながら抜きんでた画才が認められ、江戸に出て狩野派の土佐藩御用絵師、前村洞和(とうわ)に学んだ。見事に号の一字を授かって国元に凱旋し、御用絵師として腕をふるうも好事魔多し。ある日、贋作事件に巻き込まれ投獄されてしまう-。

他の絵師のねたみや身分の差が生む摩擦など金蔵の身の周りだけでなく、幕末の動乱という大きな時代のうねりが押し寄せてくる。金蔵が絵の才能を認めた弟子で、土佐勤王党を率いた武市半平太の悲劇、そして安政の大地震…。一介の町絵師となった金蔵が、多くの命が理不尽に奪われる怒りを己の力に変え、次第に本領を発揮していく姿が鮮やかに描写される。

「血の色は厄払いじゃ。万民の不安を払い落とすのじゃ」

絵金といえばやはり町絵師となってからの「仮名手本忠臣蔵」「義経千本桜」など、歌舞伎や浄瑠璃の名場面をあでやかな色彩で臨場感たっぷりに描いた作品が真骨頂だ。血みどろの惨殺シーンが多く強烈だが、狩野派絵師の技ゆえに卑俗に陥ることはない。むしろどぎつい血の赤が魔よけとして信じられ、人々を熱狂させたという。物語の中で金蔵らをたくましく支える、はちきん(男勝りの女性を表現する方言)な女たちもいい。

本書に登場する通り、金蔵が一時滞在していた赤岡町(高知県香南市)には、彼が手掛けた二曲屏風「芝居絵屏風」や絵馬ちょうちんなど多くの作品が残る。また毎年7月には「土佐赤岡絵金祭り」が開かれ、商店街の店先に住民らが守り継いだ絵金とその一派の作品がずらりと並ぶという。金蔵の足跡を追って、いつか訪れてみたい。(祥伝社・1925円)

評・黒沢綾子(文化部)

産経新聞
2023年8月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク