幕末・土佐の異端の絵師「絵金」。懊悩の果てにたどり着いた境地とは
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
本書は藤原緋沙子の“作家生活20周年記念作品”であり、かつ、それにふさわしい力のこもった傑作である。
絵金こと林洞意美高の絵を一度でも見たことのある者は誰しも、その凄まじい筆致―血の色よりも赤い色、発色の良い緑色、そして漆黒の黒―を瞼の裏に刻み、生涯、忘れ得ないだろう。
女房の初菊は「おまえさんの、あのおどろおどろしい絵が、どうしてこんなに人々に喜ばれるのか」と言うが、絵金は自分の絵について「血の色は厄払いじゃ。万民の不安を払い落とすのじゃ」と断じる。
地獄絵図の中に、赤という怒りの色を入れることによって、それを救済の絵とする、すなわち絵金は逆説の絵師と言ってもよい。作者がこのように主人公の肝をしっかりと握っていることで、本書はかつてない迫力と救済の一巻となった。
貧しい髪結いの家に生まれるも、抜群の絵の才能を認められ、土佐藩の国元絵師となるが、身分制度の厳しい土佐にあって故無き差別や軋轢を被りながらも、それを撥ね返していく反骨精神も読みどころの一つだ。
作者は、本書を絵金の一代記としては書いておらず、冤罪による投獄、土佐を襲う大地震の惨状、さらには弟子である武市半平太の切腹を次々と筆にとどめていく。その執念の筆致は、この世の地獄絵図の果てにどのような平和が待っているかを追い求め、絵金もその答えを探して懊悩する。さらに作者はこの小説に必要なパーツ、パーツを満身の力を込めて描いており、それが感動を呼ぶ。
これまで絵金を描いた小説に決定打は無く、本書が初のそれと言えよう。
また、本書を読了した方は誰しも作品と真剣勝負をしたという感慨に捉われるに違いない。近年、芸道ものの秀作は多いが本書はその中でもベストの出来映えだと断言出来る。読後の充実感は比類が無い。