『古代中国 説話と真相』
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<書評>『古代中国 説話と真相』落合淳思(あつし) 著
[レビュアー] 瀬川千秋(翻訳家)
◆虚構生んだリアルなドラマ
晋代の貧しい二人の青年がホタルの光と雪明かりを頼りに勉学に励み、高官に出世したという故事がある。苦学の美談として語り継がれる一方、その非科学性から明代には笑い話にもなった。
だが、中国にはこうしたツッコミがなされないまま正史となっている説話が少なくない。本書は新石器時代から秦代まで、『史記』など史書のなかの虚構を、確かな文字資料や最新の考古学研究で明らかにしていく。殷の紂(ちゅう)王の「酒池肉林」、春秋時代の「管鮑(かんぽう)の交わり」、始皇帝の「焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)」など。日本人にもなじみの人間ドラマをはぎ取った中国史はさぞ無味乾燥なのではと思いきや、さにあらず。著者は虚構の説話が生まれた背景をもていねいに考察しており、そこに立ち現れるリアルな古代世界は新鮮だ。
説話の多くは、時の王朝を正当化するなどの目的で後世に創作されたもの。現代中国が国威高揚のため、慎重な調査研究がまたれる古代史を早々に肯定した例もある。歴史はどのように書かれていくのか、がかいま見えるのも興味深い。
(筑摩選書・1980円)
立命館大白川静記念東洋文字文化研究所客員研究員。
◆もう一冊
『甲骨文字に歴史をよむ』落合淳思著(ちくま新書)