「映画と小説、それぞれの強みを感じてほしい」  「アリスとテレスのまぼろし工場」岡田麿里監督インタビュー

インタビュー

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アリスとテレスのまぼろし工場

『アリスとテレスのまぼろし工場』

著者
岡田 麿里 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041137741
発売日
2023/06/13
価格
748円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「映画と小説、それぞれの強みを感じてほしい」  「アリスとテレスのまぼろし工場」岡田麿里監督インタビュー

[文] カドブン

取材・文 岡本大介

製鉄所の爆発事故によって、時が止まってしまった町。あらゆる変化を禁じられた世界で、「恋する衝動」に揺れ動く少年少女たちの姿を描いた映画「アリスとテレスのまぼろし工場」。本作は、「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」や「さよならの朝に約束の花をかざろう」などで、国内外から高い評価を得ている岡田麿里が脚本・監督を務めた、青春恋愛映画だ。岡田監督自身が書き下ろした原作小説も絶賛発売中のなか、映画と小説の違いやそれぞれの魅力についてインタビューで迫った。

■「アリスとテレスのまぼろし工場」岡田麿里監督インタビュー

「映画と小説、それぞれの強みを感じてほしい」  「アリスとテレスのまぼろし...
「映画と小説、それぞれの強みを感じてほしい」  「アリスとテレスのまぼろし…

■脚本作業は「創作」よりも「攻略」!?

――小説版は、映画の脚本作業を終えた後で、あらためて小説として書き下ろされています。どのような経緯で小説執筆に至ったのでしょうか。

岡田麿里(以下、岡田):実はこの物語は、そもそも小説の形で書き始めたんです。でも、途中でどうしても続きが書けなくなってしまったんですよね。それでも、キャラクターたちへの愛情は残り続けていて、脚本という形であれば書き切れるかもしれないと思ってトライしたのがこの映画なんです。やってみると、かなり難航はしたもののなんとか脚本として完成させることができて、そんなときに「あらためて小説にしてみませんか?」とお声をかけていただいたのがきっかけです。個人的にもリベンジしたいという気持ちがあったので、「ぜひ!」という想いで書かせていただきました。

――脚本という形で最後まで書き切れた理由とは?

岡田:やっぱり、小説を書いてみて 「私ってやっぱりアニメの脚本家なんだな」という実感があったんです。アニメーションって多くのスタッフさんやキャストさんたちと一緒に作り上げていくものですよね。こういう表情を描いてもらいたいとか、こんな美術が見てみたい、こんな芝居が欲しいなど、携わってくださる皆さんの才能を知れば知るほどそういう欲が出てきて、それを脚本に織り込むことが多いんです。だから脚本を書くのは私一人であっても、感覚的には決して一人じゃないんですよね。

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――なるほど。最初から最後まで実質的に一人で完結させる小説とは、似て非なるものなんですね。

岡田:そうですね。脚本の作業って、まずは打ち合わせの場にいる人たちを納得させないといけないんです。私が本当に描きたいこととか、お客さんに見せたいものというよりも前に、目の前のスタッフの方たちにどう受け入れてもらえるかを最優先に考えるわけです。なので、考え方としては「創作」よりも「攻略」に近いかも(笑)。そういう意味で、今回は「さよならの朝に約束の花をかざろう」でご一緒した方々も多かったので、そのおかげで最後まで脚本を書き切れたなとも思います。初めましてのチームで臨んでいたら、もしかしたらどこかで頓挫していたかもしれません。

――とはいえ、映画初監督作となった「さよならの朝に約束の花をかざろう」以上に、今回は恋愛要素もあいまって、より岡田監督の色が濃く出ているように感じました。

岡田:嬉しいです。ありがとうございます! でも「私らしさって何だろう?」と自分が脚本、監督を務める意味みたいなものは最後まで悩みました。普段の脚本家としての私は、「監督がほしいものは何かな?」とよく考えているんですけど、今回は私自身が監督なので(笑)。周りからOKをもらっても、「ダメ出しされる人生」に慣れてしまって、「これじゃダメかもしれない…」と一人で疑心暗鬼で書き直しをして、辛かった時期もありました。ただ、結果的にいくつも稿を重ねたことで、より多くのシーンが生まれましたし、最終的には削ってしまったとしてもその空気感はフィルムに残っているような気がして、いまは粘って良かったなとも思います。

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■「愛」と「恋」はまったくの別物

――本作は、主人公の正宗、そしてミステリアスな同級生・睦実に、町の製鉄所に閉じ込められた五実の物語です。「恋する衝動が世界を壊す」というキャッチコピーそのままに、「恋」がメインテーマですが、主題を「恋」にした理由はありますか。

岡田:それは「恋」だけが持つ衝動や、生命力のようなものを描きたかったというのが一番の理由です。よく「恋の先が愛」って言われますけど、私の感覚では「愛」と「恋」はまったくの別物なんです。私なりには、「愛」って、自分の心さえ解放すれば割と身近に感じることもできると思うんですけれど、「恋」って誰もが簡単に体験できることではないと思うんです。自分が望んでいなくても、気が付けば恋に落ちていたりもするし、どちらかと言えば事故に近い(笑)。理性も利かなくなるし、突然強烈なパワーも湧いてきたりして。そういう得体の知れない「恋の衝動」そのものをアニメとしてビジュアル化できたとしたら、これは他にはない作品になるんじゃないかと思ったんです。幸いにも、そんな無理難題に一緒に挑戦してくれる仲間たちに恵まれたことで、すごく生っぽい映像に仕上がったなと満足しています。

――登場人物たちは、それぞれ「恋」に対する考え方や向き合い方が違うのも面白いなと思います。岡田さん自身はどのキャラクターに近いと思いますか?

岡田:うーん、誰だろう…。やっぱり正宗でしょうね。嫌いだと思っていた相手なのに、その感情に「恋」という名前が付いた瞬間、覚醒してのめりこんでしまう正宗みたいな経験は、かつて私にもあったような気がします。「恋」に限らずなんですけれど、モヤモヤした感情に名前がつくと、途端に動き出しちゃうタイプなんですよね(笑)。

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■小説を書いて、物語が私のもとに戻ってくる感覚

――美しい映像もとても素晴らしい作品となっていますが、とくにこだわったポイントはありますか。

岡田:キャラクターの感情と、映像としての「見えざま」をリンクさせたいという想いがずっとあって。そこは最後の最後まで、スタッフみんなで悩み抜きました。空がバリバリと割れていく表現など、これまでに見たことのない映像でありながら、同時にキャラクターの心情も表しているところがお気に入りですし、最後までみんなでこだわったところでもあります。とくに最初に小説を読んでくださった方であれば、「このシーンは映像ではどう描かれるんだろう?」と感じることも多かったと思うんです。そこはなかなか文字媒体では表現できないところなので、映画をご覧になって答え合わせをしていただけたら嬉しいですね。

――逆に言えば、アニメで描けない部分を小説で補完しているところもありますよね。

岡田:ありますね。映画では尺の都合もあって大幅にシーンを削らないといけなかったんです。それ自体は映画ならではのドライブ感を出すために必要なことですし、後悔は一切ないんですが、小説を書くことで、それら物語やキャラクターたちがもう一度私のもとへ戻ってくるような感覚があって、嬉しかったんですね。そういったシーンは映像的な派手さこそありませんが、むしろ活字だからこそ輝くのかなと思っていますし、小説ならではの醍醐味があるシーンになった気がします。

「映画と小説、それぞれの強みを感じてほしい」  「アリスとテレスのまぼろし...
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――映画を観たあとに小説を読むと、それぞれのキャラクターの心情がより深く理解できますし、もう一度映画を観たくなりました。

岡田:嬉しいです! 映画はやっぱりビジュアルありきですし、テンポ感が大切なので、どうしても小説の読後感とは少し違うと思うのですが、そこも楽しんでもらいたいです。あと、小説を書いているときに脚本にはなかったセリフを思いついて、まだアフレコ前だったので急遽差し替えてもらったセリフもありました。

――では、これからも小説は書き続けていきたい、と。

岡田:そうですね。私にとっては「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」に続く、2作品目の小説で、一人でゼロから小説を完成させることは難しさも感じましたけど、脚本作業後に小説を書く過程は新たな発見もたくさんありました。いつかまた書いてみたいなと思います。

――楽しみにしています! あらためて、ご自身にとってどんな小説になりましたか。

岡田:アニメの制作作業が進むなかで、次々と上がってくるコンテや原画、美術などの資料に刺激を受けながら、少しずつ書き上げた小説です。私自身、完成ビジュアルを想像しながら、ワクワクしながら書き上げることができましたし、作品にとっても大切な小説になったと思います。これから映画を観るという方も、すでに観たという方も、ぜひ一度お読みいただいて、どちらもが心に引っかかる何かがあれば、こんな嬉しいことはありません。

■プロフィール

岡田麿里 おかだ まり
1976年生まれ、埼玉県出身。ゲーム、CDドラマなどのシナリオライターを経て、98年に「DTエイトロン」でアニメ脚本家としてデビュー。脚本家としての代表作は「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」(11年)、「心が叫びたがってるんだ。」(15年)、「空の青さを知る人よ」(19年)など多数。また「荒ぶる季節の乙女どもよ。」では漫画原作を担当、さらに「さよならの朝に約束の花をかざろう」(18年)では初の映画監督デビューも果たしている。

KADOKAWA カドブン
2023年09月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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