「創価学会」指導者と往復書簡を交わしたこともある「茂木健一郎」が惹かれた宗教2世の“知恵”

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集団の価値観から距離を置いたグレー階調のバランス感覚

[レビュアー] 茂木健一郎(脳科学者)

 信仰は難しい。人類のすべての知と整合性のある教義をつくるのは困難。その一方で、今日悩み苦しむ人たちは、完全な体系ができるまで待ってはいられない。科学万能の時代でも宗教が続くのはそこに人間の心理的必要があるからだろう。

 私は、この本の著者の正木伸城さんとは以前からの知り合いで、記述の対象となっている宗教団体とはさまざまな御縁がある。団体の指導者である名誉会長との往復書簡が総合雑誌に掲載されたこともある。書評の依頼を受けた時、ややこしいと感じたが、逆に私でないと書けないことがあると思った。

 正木さんはお父さんがこの団体の幹部で、名前を名誉会長につけてもらったほどのいわば「プリンス」だった。そんな正木さんがやがてさまざまな疑問を抱くようになる。

 人は、周囲の方々が当たり前だと思っていることの中で育つ。その価値観が世間では必ずしも共有されていないというズレから、正木さんの苦悩が始まる。そのあたりの記述には読み応えと普遍性がある。

 正木さんは、悩む中でさまざまな考え方、行動を実践し、やがて少しずつ自分の生き方をつかんでいく。

「前提を疑う」「自分の頭で考える」「あるがままの自分を受け入れる」「焦らなくても大丈夫」。

 時にハンナ・アーレントの思想を引用などしながら進んでいく論考は知的で、読みやすく、惹きつけられる。

 著者がその時々で工夫して、自らの道を切り開いてきたプロセスが率直に語られているのが本書のユニークな魅力。「宗教2世」というテーマを超えて、より広いインパクトがある。世間、学校、あるいは会社。集団の中で当たり前だとされてきた価値観から自由になろうとする人には、必読の参考書だろう。

「宗教2世」という立場から離れようとしつつも、団体からは退会せずにいるというバランス感覚を、正木さんの知恵として読んだ。人生の要諦は、往々にして白や黒ではないグレーの階調の中にある。

 生きるとは、中庸を探ることだろう。宗教は、世俗との関係において生きる現場をつくる。欧米で流行る無神論にはむしろ危うさがある。

 決めつけず、実際に人と交流することでしかわからないものがある。白や黒ではないグレーの階調の中には、虹色もあるかもしれない。正木さんは、この本を通して、結果として世間の固定観念を破るという奇跡を起こすことに成功している。

新潮社 週刊新潮
2023年10月5日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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