『窮屈で自由な私の容れもの』
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心と身体の不調や焦燥感にめげず日常を変えていく主人公たちに共感
[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)
第7回女による女のためのR-18文学賞の大賞受賞作『自縄自縛の私』を、2010年に刊行して単行本デビューした蛭田亜紗子。以来、死を決意した女性が洋裁教室に通い再生していく『エンディングドレス』や、明治期に小説家を志した女性と作家の夫の不思議な関係を描く『共謀小説家』など、さまざまな題材で良質な作品を発表している作家だ。最新刊『窮屈で自由な私の容れもの』は、自分の身体のままならなさと向き合う女性たちが主人公の五篇を収録した短篇集である。
「ブルーチーズと瓶の蓋」は夫の転勤先に息子がついていくことになり、突如一人暮らし状態となった女性が主人公。勤務先の社員食堂も閉鎖が決まり、誰かのために調理する習慣を失った彼女が、少しずつ自分自身の食の楽しみと新たなやりがいを見つけていく。「教会のバーベルスクワット」は四十歳目前で妊活をやめ、ジムで体を鍛え始めた女性と、ある男との出会いの顛末が語られる。「保健室の白いカーテン」では十代の頃から頭痛と体調不良に悩まされ、引き籠っていた女性が風俗で働き始める。「森林限界のあなた」は、新入社員の頃失敗続きだった主人公が、先輩女性に誘われ山登りを始め、少しずつ再生する姿と、そこから始まる恋が描かれる。「コンバッチ!」は夫から離婚を言い渡された売れない漫画家が、連載のネタのために四十四歳にしてブラジリアン柔術の教室に通い始め、のめりこんでいく。
他人には理解されがたい不調や不安、焦燥感を丁寧に、生々しく浮き上がらせる一冊で、著者の語りの上手さも光っている。自分のものとはいえ、心も身体もなかなか思い通りにコントロールできないもの。それでも、もがきながら自分と向き合って、なんらかの決断や選択をして日常を変えていく主人公たちの姿には、励まされると同時に親しみをおぼえる。心と身体が弱っている時に開けば、よい栄養剤となりそうだ。