父親を殴って逃亡、ホームレスに――筆力を感じさせる力強いデビュー作
[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)
第三十六回小説すばる新人賞受賞作である。主人公の少年はもちろん、彼が出会う人々の人物描写が奥深くて読ませる。
定時制高校に通いながら複数のアルバイトをこなし、無職の父親との生活を支えている耕一郎。だがある夜、密かに貯めていた金を自堕落な父が使い込んだことが発覚。しかも父は悪びれず卑劣な言葉を放ち、耕一郎は衝動的に彼を殴り倒し雪の中に放置、そのまま逃亡する。あてどなく見知らぬ街を放浪し、いよいよ所持金が底をついた時、たどりついたのは公園の片隅のホームレスの溜まり場だった。頼み込んで金の稼ぎ方や炊き出しの場所を教わり、段ボールハウスを作って暮らしはじめた耕一郎だったが、縄張り争いによるトラブルを経て、その場を離れることを決意する。
身元を証明することもできない少年が、一文無しの状態からどのように生き延びていくかが克明に描かれていく。罪悪感や将来への不安を抱きながらも、生来働き者の彼がその場その場に順応し、生きる道を切り拓いていく様子は爽快ですらある。「人はなにがあっても生きていける」と励まされる思いだ。
彼が出会うのはホームレスや日雇い労働に従事する男たち。その一人一人のキャラクター、垣間見える個々の人生模様や心情がどれも丁寧に描かれていて、説得力がある。時に思わぬ情に触れる場面では、こちらも目頭が熱くなる。
耕一郎は地図帳を入手し、自分の生活の場所を書き込んでいく。ホームレスの溜まり場や肉体労働者が集まる寄せ場など、一般的な地図には載らない場所にも確かに存在する個々の人生。それがタイトルにこめられた意味だろう。
やがて少年は自分の過去と向き合う。逃亡生活のその先まできっちり描き切っている。一九九八年生まれの著者の確かな筆力を感じさせる、力強いデビュー作である。