『邂逅の滝』
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時を超え、めぐり逢う物語
[レビュアー] 遠田潤子(作家)
『邂逅(わくらば)の滝』は私にとって二冊目の連作短編集になる。一冊目は『雨の中の涙のように』で、とある人気俳優と映画をめぐる物語だ。心温まる話が多く装丁も素敵で、自信を持ってお勧めできる一冊になった。
今作は「紅滝(くれたき)」という美しい滝を舞台にした五つの短編からなる物語だ。時代は現代、大正、江戸、戦国、南北朝とめぐっていくが、どの話にも望月(もちづき)という男が登場する。ああ、不死者の話かと思う方もいるだろうが、実は違う。
一話目「ファウストの苔玉(こけだま)」はハッピーエンドなのかバッドエンドなのか解釈に困るし、二話目「アーム式自動閉塞信号機の夜」は哀しい。三話目「犬追物(いぬおうもの)」は残酷で、四話目「緋縮緬(ひぢりめん)のおかげ参り」はシュールな道行きだ。最終話「宮様の御首(おんくび)」はこの物語の終わりであり、はじまりだ。できれば読み終わってもすぐに本を置かず「ああ、望月の長い長い物語はやっと終わったのだな」と祝福してもらえたら嬉しい。
この物語に登場するのは、みな、なにかに取り憑かれた人間だ。抑えがたい情念や一途な想いに身を滅ぼし、社会の底辺で怒りや哀しみ、絶望に身を焼き尽くす。自分ではどうしようもない圧倒的な力の渦に巻き込まれて消えていくのだ。
だが、決して滅びないものがある。無力でちっぽけな存在の人間が時の流れに逆らい、愛や誠実、慈悲といった本当に強くて美しいものを目指す―。
この物語が旧式であることは承知している。だが、自分とは違う誰か、ここから遠く離れたどこか、今とは価値観の異なるいつか、自分には理解のできないなにか、を感じさせてくれるのが時代遅れの物語の醍醐味ではないだろうか。そんな非日常の世界に放り込まれる興奮と快感をすこしでもお伝えできればと思う。
作者としてはとにかく面白く読んでもらいたい。幼い頃に読んだ神話やおとぎ話のように荒唐無稽の読み物として単純に楽しんでもらえたら、これほど嬉しいことはない。