『リカバリー・カバヒコ』
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『キッチン・セラピー』
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[本の森 仕事・人生]青山美智子『リカバリー・カバヒコ』/宇野碧『キッチン・セラピー』
[レビュアー] 吉田大助(ライター)
人生におけるリカバリー(回復、修復)とは何か。人間はパソコンとは違うため、以前の自分と全く同じ状態に戻るようなことは叶わない。しかし、そのことこそが希望である、と青山美智子は『リカバリー・カバヒコ』(光文社)で示してみせる。
日の出公園に設置されたくすんだオレンジ色のカバの遊具(アニマルライド)は、近隣住人たちからカバヒコの愛称で慕われている。カバヒコには、自分の体の治したいところと同じ部分を触ると回復する、という都市伝説があるのだ。頭、口、耳、足、目……。全五話=五人の登場人物たちが抱える、それぞれの部位にまつわる悩みと痛みはリアリティたっぷりだ。特に、ブライダル会社でウェディングプランナーとして働いていたものの現在は無職で休職中の女性を主人公にした「第三話 ちはるの耳」は、人間ドラマのみならずミステリーとしても抜群の仕上がりだ。
実のところ、どのお話でもカバヒコは何もしない。ただし、返事もしなければ誰にも告げ口しないカバヒコが存在してくれているからこそ、登場人物たちは他の誰にも言えない本音を告白することができる。自分が本当にリカバリーしたいことは何なのか? そこを掘り下げていくことが、真の回復に繋がるのだ。それは、本当の問題に気づく前の、元通りの自分になることではない。自分は変われる。そこにこそ希望が宿る。
宇野碧の『キッチン・セラピー』(講談社)は、山の中にポツンと一軒家状態で建つ「町田診療所」を訪れる人々を描く連作集だ。国籍不明な外見をしたその家の主・町田モネは、来訪者と台所に立って一緒に料理をする。そうすることで、来訪者たちが抱えたそれぞれの「症状」を回復させることができるというのだが……。進路と友情に悩む大学院生を主人公にした、「第一話 カレーの混沌」に登場する一文が印象的だ。〈何かを煮込んでいる気配は、その場所に流れる時間を豊かにする〉。手間暇かけた料理をしながら来訪者たちが過ごしているのは、忙しない日常の中ではなかなか割くことができない、自己との対話の時間だ。
小説現代長編新人賞を受賞した著者の前作『レペゼン母』は、即興ラップバトルで親子が戦う物語だった。アラ還のおかんが不出来な息子にオーダーメイドしたリリックを繰り出す姿が印象的だったが、振り返ってみればあの物語も、話すことではなく、聞くことによって親子関係のリカバリーを実現していた。作品の見かけ上の雰囲気はまったく異なるものの、根幹をなすテーマは第二作と共鳴している。
登場人物たちに共感や反感を抱きながら小説を読み進める行為も、自己と対話する時間に繋がる。人は本を読みながら、自分自身をリカバリーさせているのかもしれない。