「人が死なない具足を作りたい」真田信繁と「具足が無用の長物」となる泰平の世を目指した徳川家康の因縁の戦いを“具足を作る職人”を通して描いた歴史時代小説
レビュー
『真田の具足師』
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[歴史・時代]『真田の具足師』武川佑
[レビュアー] 田口幹人(書店人)
読者が歴史上の結末をおおむね知っていることを前提に書かれている歴史時代小説は、史実を覆し、それとは異なる新たな結末を用意することで驚きを提供する。歴史を題材としているがゆえの、難しいジャンルと言えるだろう。作者の想像力が生み出した人物や物語を、残された史実の隙間や歴史に残されていない空白となっている部分と繋ぎ合わせることで、これまでとは違う視点で歴史に触れることができるのが、歴史時代小説の魅力だと僕は考えている。
『真田の具足師』(武川佑著/PHP研究所)は、そんな歴史時代小説の魅力が詰まった一冊だった。戦国武将の中でも人気のある真田信繁だが、本書を読み終え、こんな信繁が読みたかったのだ、と心が震えた。
本書の主人公は、南都奈良の具足師の家に生まれた具足屋の岩井与左衛門である。具足師とは、具足製作とその修理をする職人のことである。戦場において具足は自らの身を守るものであった他に、身にまとう武将の思想や世界観などを表現する分身でもあったとされている。また、戦国時代では集団戦法を重視したことにより、具足を含む武具を同色で統一する部隊を色備えと呼び、武勇に秀でた武将が率いた精鋭部隊として、武田の赤備えや井伊の赤備えと同様に、真田の赤備えも後世に語り継がれている。
本書は、徳川と真田の長年にわたる因縁の戦いを、さらには戦国時代後期の乱世の時代を、具足と具足を作る職人を通して描いた物語である。
岩井与左衛門が修業中に仕立てた具足が不良品で、大名を一人殺しかけたと言われ、勘当される場面からはじまる。その大名こそ、徳川家康だった。信濃の国衆・真田との戦いで敗北を喫した理由は、真田の兵が身に付けていた「不死身の具足」ではないかと考えた家康は、詫びに来た与左衛門に命を与え真田の地に潜入させた。
「不死身の具足」の秘密を探り、その秘密の向こう側にあった狙いに、翻弄される与左衛門。「人が死なない具足を作りたい」真田信繁と、「具足が無用の長物」である泰平の世を作りたい家康という二人の武将の間で揺れ動く、具足師の譲れない想いが感じられるだろう。
「武士を生かすも殺すも、わしらの腕一本や」との一文を職人の矜持として捉えるか、具足屋の策略と考えるかは、読んで確かめていただきたい。具足が人を救いもし、人を死に追いやりもする。具足を通じて、戦国時代の謀略合戦の裏舞台をたっぷり堪能してもらいたい。
そして、作者が大胆に繋ぎ合わせた史実の隙間が、本書に与えた面白さを存分に味わってほしい。これぞ歴史時代小説の悦、である。