癖のあるアウトローたちが活躍 日本三大仇討のひとつ「鍵屋の辻の決闘」を題材にした時代小説

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一万両の首  鍵屋ノ辻始末異聞

『一万両の首  鍵屋ノ辻始末異聞』

著者
木内 一裕 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065334690
発売日
2023/11/15
価格
2,310円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 歴史・時代]『一万両の首 鍵屋ノ辻始末異聞』木内一裕

[レビュアー] 田口幹人(書店人)

 様々ある歴史時代小説のジャンルのうち、仇討物が大好きな僕は、書店の店頭で仇討物を見かけるとついつい購入してしまう。

 仇討物の魅力は、武家社会において非業の死を遂げた主君や親などの仇を討つべく、辛酸をなめつつも目的のため前を向く主人公の姿の切なさにある。また、悲願が成就した際にはともに何かを成し遂げたような気持ちをいだくのだ。

『一万両の首 鍵屋ノ辻始末異聞』(講談社)は、癖のある魅力的なアウトローたちが活躍する、痛快なエンターテインメント小説をこれまで世に送り出してきた奇才・木内一裕の仇討物である。しかも題材は、「曾我兄弟の仇討」「赤穂浪士の討ち入り」と並び日本三大仇討と称される「鍵屋の辻の決闘」である。

 寛永七年、岡山城下、岡山藩士の河合又五郎は、藩主・池田忠雄の寵愛する小姓を殺害し出奔する。その昔、又五郎の父もまた、上州高崎安藤家で朋輩を殺め出奔し、池田家に匿われた過去があった。

 又五郎は池田家と因縁のある安藤家を頼るため江戸に向ったところ、喧嘩屋と呼ばれる旗本・兼松又四郎に匿われることとなる。

 そして小姓の殺害事件は、幕府の処遇に不満を抱く徳川の戦闘集団の旗本一統と外様大名との激しい暗闘の引き金になっていく。鍵屋の辻の決闘の背景となる大事件が描かれているのだ。

 その事件ともう一つの仇討が絡み合ってゆくのが本書の面白さである。

 もう一つの仇討の主人公は、濃州浪人市岡誠一郎。誠一郎は、浪人と三人組の武士の諍いに巻き込まれた直参・阿部四郎五郎の娘を助けた縁で、図らずも江戸で繰り広げられている戦の渦中に吸い込まれてゆく。

 関ヶ原の戦いから三十年、大坂冬の陣、夏の陣からも十五年が過ぎた世は、武士の戦場での手柄による出世は叶わぬ世となり、巷には多くの浪人が溢れていた。旗本一統と外様大名の諍いが、戦に発展することを恐れた幕府が立てたもうひとつの敵方こそ、世間に溢れる十万人とも言われた浪人達だった。武芸が重要だった世から、忠や孝に重きを置き、礼儀による秩序を重んじる世に変わり始めた時代、法制化された仇討は、ただ私怨を晴らすためのものではなく、忠孝の思想を色濃く反映している。

 忠とは主君に尽くす心、孝とは親に従う心である。戦いを知らない者が多くなった世において、観念的な武士の理念を浮き立たせたのが仇討という仕組みだったのだろう。

 これまで光が当たることが少なかった鍵屋の辻の決闘における逃亡者・又五郎と旗本で喧嘩屋の又四郎との絆。そして、市岡誠一郎の仇討の忠義をぜひ読んで確かめていただきたい。

新潮社 小説新潮
2024年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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