漢詩、中東も舞台の歌集 ドイツ語での創作 言葉をめぐる愉しい冒険

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漢詩、中東も舞台の歌集 ドイツ語での創作 言葉をめぐる愉しい冒険

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 南仏在住の俳人が、さまざまな漢詩を翻訳しながら、日々の暮らしについて語る。海を泳ぐタコみたいに、ひとりで、自由に。小津夜景『いつかたこぶねになる日』は、言葉をめぐる冒険が愉しいエッセイ集だ。

 漢詩は中国の伝統的な詩で、近代までは日本の知識人の必須教養のひとつだった。が、現代は国語の授業で少し習うくらい。詩のなかでも古めかしく、雄々しいイメージがある。本書を読むと、漢詩ってこんなに面白かったのかと思う。

 例えば、杜甫の「槐の葉のひやむぎ」をとりあげた「釣りと同じようにすばらしいこと」。詩聖とも呼ばれる唐代の代表的詩人が、ひやむぎの味を褒めちぎる詩をつくっていたとは驚いた。〈加餐愁欲無〉を〈いくらでも食えるし悩みも消える〉と訳しているくだりは、チャーミングで親しみをおぼえる。小津さんが調理するほうれん草のフェットチーネもおいしそうだ。

 隠者とお金の問題を考察しつつ夏目漱石の漢詩を読み解く「隠棲から遠く離れて」、漢詩に触発されてつくった「三文字俳句」が新鮮な「生まれかけの意味の中で」、江戸時代の僧侶・良寛のパンキッシュな魅力を発見する「紙ヒコーキの乗り方」……。小津さんの緻密な読解にもとづく、それでいて既成概念にとらわれない訳によって、漢詩が時間と場所の軛から解放され、生き生きと輝きだす。「おわりに」に引用された菅原道真の詩もいい。愉快で切実な詩という友との付き合いを深めたくなる。

 生まれ育った土地を離れた人が、言葉と豊かな関係を築いている作品ということで思い出したのが、千種創一『砂丘律』(ちくま文庫)。中東と日本を舞台にした歌集だ。〈アラビアに雪降らぬゆえただ一語(と呼ばれる雪も氷も〉など、短歌で表現された砂漠の風景が鮮烈。

 多和田葉子『エクソフォニー 母語の外へ出る旅』(岩波現代文庫)は、ドイツ語と日本語で創作活動を行い、詩人でもある作家が、言語を越境して見えたものを思索する。母語の外に出て、どんな言葉を選びとるか。世界は多彩だ。

新潮社 週刊新潮
2023年11月23日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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