『少女、女、ほか』
- 著者
- バーナディン・エヴァリスト [著]/渡辺佐智江 [訳]
- 出版社
- 白水社
- ISBN
- 9784560093665
- 発売日
- 2023/10/01
- 価格
- 4,950円(税込)
黒人イギリス女性たちの苦難を描く2019年度ブッカー賞受賞作
[レビュアー] 鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)
『少女、女、ほか』は十二人の黒人イギリス女性(なかには性別のない“ノンバイナリー”もいるが)が語り手となる大長編だ。
十二人の中心であり結節点にいるのが、アマ・ボンスという五十代のレズビアンの女性演劇家。自作の戯曲『ダホメ王国最後のアマゾン』がかのナショナル・シアターで上演されることになり、そのプレミアのパーティで十二人は交わる。
アマは若い頃に相棒のドミニクと「ブッシュ・ウィメン劇団」を旗揚げし、これまでに戯曲15本、40作以上の舞台を演出してきたものの、人種差別の壁は厚く、フリンジ・シアターという演劇界の文字通り周縁に追いやられていた。ナショナル・シアターはいわば白人中上流層の殿堂だ。
十二人の語り手と、それに連なるそれぞれの遠い過去の歴史が浮かびあがっていく。人種差別、性暴力、奴隷売買……。
アマの父はガーナ出身の社会主義者にして男性主義者。家事育児の一切を押しつけられた母は子供らの独立後は空虚さを感じている。アマは第二波フェミニズムの洗礼を受けてラディカルな自由人になるが、時代は移り、ウォーク(意識の高い)な実の娘ヤズには古いフェミニズムは不要だと腐されてしまう。
かつてのフェミニズムと現代のウォーキズムのズレは各所に現れる。白人女性教師のペネロピーは、男性社会で戦ってきた自分を革新的フェミニストと考えているが彼女には「インターセクショナル(交差的)」な観点が欠けていた。マイノリティ性の重なる有色人種の女性を実は見下しているところがあるのだ。
ノンバイナリーのインフルエンサー、九十代になるその祖母、娘の夫に恋してしまう母……。様々な物語がアマの劇を通じて響きあい、奇跡のような時間が生まれる。マイノリティ内の多声をじっくりと掬いとる類い希な小説だ。