穴持たずの熊が「笑った」場面に背筋が凍る…中江有里が語る令和の熊文学!【新年おすすめ本BEST5】

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  • ともぐい
  • 逃げ道
  • 少女、女、ほか
  • 笑顔と生きることと明日を 大林宣彦との六十年
  • 武器になる哲学 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50

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中江有里「私が選んだBEST5」新年お薦めガイド

[レビュアー] 中江有里(女優・作家)

 河崎秋子『ともぐい』は「令和の熊文学」。人間が畏怖する熊とある男の物語。

 人里離れた山中、狩猟で糧を得る男・熊爪。自分の歳も知らないまま、養父に生きる術を教えられて成長した。ある日養父が消えてからは、死ぬまで狩りをして生きると決めた。

「穴持たず」と呼ばれる冬眠をしない熊との闘いには息をのむ。特に熊が「笑った」場面では背筋が冷えた。

 次のターゲットの熊「赤毛」はさらに手強い。格闘の末に死に損なった熊爪は、これまでの生き方を変えることにする。

 熊爪は熊になろうとした人間かもしれない。結果半端な人間であることを自覚し、ぬくもりを求めて里から連れ帰った陽子と暮らし始めたが……舞台は日露戦争直前の近代化へ向かう時代。社会からはみ出してしまった熊爪と陽子のラストはこれしかない、と思えた。

 新鋭作家ナオミ・イシグロの『逃げ道』はデビュー短篇集。タイトルはバラバラの物語をつらぬくテーマとも言える。「くま」は家具を買うためにのぞいたオークションで妻が巨大なぬいぐるみを落札した夫の戸惑いが描かれる。新婚家庭に鎮座するぬいぐるみへの愛を妻は隠さない。

「彼女の考えや気持ちはよく理解しているつもりだった」。ぬいぐるみを過剰に愛する妻を理解できないまま生活は続いていくのか……。

 どれほどそばにいても誰ともわかりあえない孤独は、一人でいる孤独よりも切実だ。そんな孤独の逃げ道になる一冊。

 2019年度ブッカー賞受賞作のバーナディン・エヴァリスト『少女、女、ほか』。時代も背景も違う12人の女性たちが登場する。生活苦や人種差別に苦しむ女、幼い時にレイプされた女、父親を知らぬ子どもたちを育てる女、人には言えない事情を抱えながら、懸命に生きる女性たちのセリフと地の文が一体となり、句点なしで進む。暗いエピソードも悲観的ではなく、ユーモアとアイロニーを交えてテンポよく語られ、エンディングは大舞台を観た後のように心満たされた。

 2020年に亡くなった大林宣彦監督と連れ添った日々を振り返る一冊『笑顔と、生きることと、明日を』の著者は大林映画のプロデューサーでもあった大林恭子さん。映画会社に属さない映画監督として先陣を切った大林監督。デビュー当時、批評家からの評判はいまいちだったという。

「僕の映画は100年先に認められるんだ」という言葉より早く、現在の若い世代に観られるようになった。

 実感として言うと、映画の撮影は苦しいことが多い。でも大林監督の現場は苦しくも楽しかった。その楽しさと人生の幸福に満ち溢れた回想録。

 山口周『武器になる哲学』はビジネスパーソンに向けた哲学案内。哲学は最高の実学だと痛感する。知識を詰め込むだけではなく、使い方を指南してくれる。

新潮社 週刊新潮
2024年1月4・11日新年特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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