『今日も寄席に行きたくなって』
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南沢奈央×蝶花楼桃花・対談「ゴールのないこの世界で」(後編)
[文] 新潮社
「師匠からの課題」に鍛えられた
南沢 前に伺った「小朝師匠に直接稽古をつけてもらったことがない」というお話は衝撃的でしたが、いまだにないままですか?
桃花 もちろん私が演るのを見てはくれるんです。でも、マンツーマンでこの噺の稽古をつけてもらう、という形ではないですね。うちの一門はみんなそうです。でも、師匠は普段から弟子のことを細かく見てくれていて、ひとりひとり違う課題を出してくれます。
南沢 例えば桃花さんだったら、どんな課題ですか?
桃花 師匠の独演会に呼んでもらったとします。本来は前座の役割だから何を演ってもいいはずなんですが、私の場合は直前に師匠から「この噺を演って」と指示が来ます。それも本当に高座へ上がるギリギリまで何の噺か教えてくれない。
南沢 あらかじめ準備がなくても対応できるように、ということなんでしょうか。
桃花 そうなんだと思います。ある日の兄弟子はまた違う指示を受けて、いきなり「5分ぐらい漫談を振ってから降りてきてね」と言われていました。弟子それぞれに合わせた育て方や課題が師匠の中にあるんだと思います。
南沢 直接的な指導ではなくて、何かを考えさせるアドバイスなんですね。以前、小朝師匠から「語尾を全部変えてやってみて」って言われたそうですが。
桃花 「悋気の独楽」という噺を、当時は一字一句かっちり覚えて演っていたんです。それが、ある日突然「全部語尾変えてみて」って。一度覚えた形を変えるのって、そりゃあもう大変なんです。
南沢 俳優はいきなり演出家に「今日は語尾を全部変えてみよう」なんて言われないですよ!
桃花 「~です」を「~ですよ」とか、「およこし」を「ちょっと貸しなさい」とか、そんなレベルの変更しかできませんでしたが、語数が少しでも変わるとリズムも全部変わるんですね。新しく覚えるよりもずっと難しかった。
南沢 それは何のためのアドバイスだったと思いますか?
桃花 一回、覚えた型を崩してみなさい、ということだと思います。
南沢 小朝師匠の指示は素晴らしく柔軟ですね(笑)。でも、頭の中や口調が凝り固まっていたものをほぐして、より自由に演じられるようになりそう。
桃花 そうなんです! 師匠のそんな指示や課題のおかげで、私は絶句癖がずいぶん治りました。無茶苦茶でも何でも、言葉を繋げる勇気を与えてくれたんだと思います。例えば桂宮治、みやちゃんは絶句したことがないんです。そんな落語家は実は珍しいのですが、要するに彼は一個もセリフを決め込んで喋っていないからですよ。
南沢 自分の言葉だけで繋いでいるから絶句しないんですね。
桃花 だから彼の落語には勢いがあるのかもしれませんね。ただもちろん、一字一句しっかりと用意した言葉を重ねていくタイプの語り口にも、古典の名作を今に伝える魅力があふれます。お芝居の演出家もいろんなタイプの方がいらっしゃるでしょう? 抽象的な指示をされる方と、セリフの言い方や動きを具体的に言われる方、どっちがいいですか。
南沢 私は演出家の言うことに従うタイプなので、どっちでもいいです(笑)。具体的な動きを指示されて、型から入るのも面白いですし、逆に「もっと感情をこういうふうに作ってください」とか抽象的な言葉から身体表現を探っていくのも面白いんですよ。
桃花 「とにかく自由にやって」という演出家もいますか?
南沢 います。「じゃあ、次は全然違うパターンで」とか千本ノックみたいになる場合もあります。語尾を全部変えて、は言われたことないですが(笑)。でも舞台は割と稽古期間があるので、失敗してもいいから色々試してみるのも結構楽しいんですよね。
桃花 失敗してもいいから楽しめる、というのは才能ですよ。