『ヒトラーの馬を奪還せよ 美術探偵、ナチ地下世界を往く』アルテュール・ブラント著

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ヒトラーの馬を奪還せよ

『ヒトラーの馬を奪還せよ』

著者
アルテュール・ブラント [著]/安原 和見 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784480837240
発売日
2023/07/28
価格
2,640円(税込)

書籍情報:openBD

『ヒトラーの馬を奪還せよ 美術探偵、ナチ地下世界を往く』アルテュール・ブラント著

[レビュアー] 池澤春菜(声優・作家・書評家)

消えた巨大な像 謎追う

 「事実は小説より奇なり」という言葉はあまり好きではないが、小説のような、いやまるで映画のような職業が世の中にはあるのだ。

 盗まれたり行方知れずになった美術品を探す美術探偵アルテュール。ある日彼の元に持ち込まれたのは、ベルリンの総統官邸に飾られていた一対の巨大なブロンズの馬の写真――そう、ソ連によって完全に破壊されたと思われていたヨーゼフ・トーラックの名作『闊歩(かっぽ)する馬』〈シュライテンデ・プフェルデ〉だった。

 重さ1トンもある巨大な像一対、誰にも知られずに密(ひそ)かにベルリンから持ち出す事が可能なのか。だとすれば、誰が、一体何のために。

 誰もが存在を疑う中、丹念な調査と、時には危ない橋も渡りながら、アルテュールは少しずつ真相に近づいていく。副題の「美術探偵、ナチ地下世界を往(ゆ)く」の通り、次から次に歴史の残渣(ざんさ)、ナチスに縁のある人々や、今も陰で暗躍する組織が出てくる。元秘密警察、旧ソ連KGB、謎の大富豪、ネオナチ、それぞれの思惑が重なり、噂(うわさ)や嘘(うそ)、ブラフに翻弄(ほんろう)されながら、粘り強く真相を追い求めていくこの過程は映画よりもスリリング。

 著者のアルテュール・ブラントはもちろん実在の人物。ビザンチンのモザイク画やダリやピカソ、ゴッホの作品、イエス・キリストの「聖血」が入っているとされる聖遺物箱を見つけ出し、美術界の「インディ・ジョーンズ」と呼ばれている。作中ではおっとりお人好(よ)しで、すぐ人に騙(だま)されたりからかわれたりする人物として自身を描いているが、これこそが一番のブラフかもしれない。

 『闊歩する馬』を巡る謎が解き明かすのは、像の行方だけではない。そこにいたる歴史の失われたピース、ブラックマーケットの実情、隠された感情や生き方だ。美術品が露(あら)わにする人々の欲望は、1トンのブロンズよりも重い。安原和見訳。(筑摩書房、2640円)

読売新聞
2023年12月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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