『オタク用語辞典 大限界』
- 著者
- 小出 祥子 [編集]/名古屋短期大学小出ゼミ(2022・2023年度生) [著]
- 出版社
- 三省堂
- ジャンル
- 語学/日本語
- ISBN
- 9784385366234
- 発売日
- 2023/11/24
- 価格
- 1,540円(税込)
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
オタク用語、恐るるに足らず その心、和歌にありと見つけたり
[レビュアー] 高橋秀実(ノンフィクション作家)
「そんなことも知らないの?」
小学5年生にそう呆れられたことがある。彼が「だからフラグがさ」と語るので「フラグって何?」とたずねたところ、鼻で笑われたのである。「教えてよ」とお願いすると、「自分で調べて」と諭された。どっちが子供なのかわからなくなるやりとりで、私は危機感を覚えた。ゲーム類を一切しない私はゲーム関連の言葉に疎い。世の大半がゲームをするなら、いずれ話が通じなくなるわけで、せめて基本語彙だけでもおさえておきたい。そう考えていた私にうってつけの辞典が発売された。
近代国語辞書の元祖『大言海』をもじった『大限界』。「限界オタク(人間の限界を超える勢いのオタク)」たちが使う分野別1600項目を収録した用語辞典で、私はわからないなりに一気に通読し、まずこう思った。
恐るるに足らず。
オタク用語のほとんどは略語(あるいは略語と略語の組み合わせ)なのである。キャラクターゲームが「キャラゲー」で、ダメなゲームは「クソゲー」。鬼のようにリピートすることが「鬼リピ」で、メリー(愉快)なバッドエンドが「メリバ」等々。意味不明な時は「それは何の略?」と訊けばよいのだ。
ネット上で増殖する「わりい おれ死んだ」などの唐突なフレーズは、人気漫画のセリフの借用らしい。原意を離れているそうで、まるで和歌の本歌取りだ。そう考えると、書き込みを「今日も一日」で始めるのも一種の枕詞といえる。自らの行為を「推す」「推し活」、「沼(魅力の深み)」に「沼る(ハマる)」と呼び、誰かを「担当」して仲間と「同担」したり「同担拒否」や「他担狩り」をし、文末を「草(w)」や「ワロタ」で止めるなど、定型句でリズミカルに表現するのも和歌に通じる。
そして彼らは恋歌さながらにゲームのキャラクターやタレントが好きだと訴える。「おっふ」「きゃわわ」「デュフフ」などと歓声をあげ、「吐血」して「目が足りない」「壁になりたい」と嘆き、「産んだ記憶ある」と妄想し、しまいには「キュン死」や「死んだ」りするのだ。
片思いの暴走というべきか。
和歌も片思いだが、オタクはそこに安住しているので、切なさに欠け、アクセルを踏むばかりである。読みながら私はふと西行の恋歌を思い出した。
「思へども 思ふかひこそ なかりけれ」
山家集に収録された歌の一節。「何それ?」と訊かれたら、「そんなことも知らないの?」と言い返してやろう。