『播磨国妖綺譚 あきつ鬼の記』
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怪異の出現が当たり前だった時代 若き陰陽師兄弟の伝記時代小説!
[レビュアー] 杉江松恋(書評家)
人ならぬ者と人の妖しい語らい。
上田早夕里『播磨国妖綺譚 伊佐々王の記』は、法師陰陽師の若き兄弟を主人公とする伝奇小説である。
安倍晴明は京で朝廷に仕えた陰陽師として名高いが、法師陰陽師は地方で庶民のために働く。物語の舞台は播磨国、現在の兵庫県だ。兄の律秀は薬師として漢薬を処方し、弟の呂秀は僧侶として祈祷を行う。常に二人で事態に立ち向かうのだ。
第一話「突き飛ばし法師」で依頼にやってくるのは、野鍛冶に用いる鉄を作っている民である。川で作業をしていたところ、何者かに背後から突き飛ばされた。岸には旅装束の僧が現れ、恐ろしい形相で彼らを睨みつけたのだという。物の怪である。
調査の結果、怪異の正体は意外なものであることがわかった。ただ、黒幕がいたのである。兄弟の前に姿を現したのは、白い浄衣を着た男だった。男はガモウダイゴと名乗り、彼らに宣戦布告した。この妖しい人物が裏で糸を引くために、地に災いがもたらされるのである。兄弟は民のため闘い続ける。
時代は室町期に設定されている。作中で言及されるように播磨の隣、備中国には、朝廷に滅ぼされた温羅という鬼の伝説がある。中央が地方勢力を滅ぼしてきた歴史の名残である。
それは人間と自然の関係にも重なる。人間は、他を犠牲にしなければならない罪深い生き物なのだ。第四話「伊佐々王」では、かつて人間に討たれた妖鹿が、ガモウダイゴの力で蘇り、憎悪に燃えて里を侵す。
SFや歴史小説の印象が強い上田は、妖怪小説の名手でもある。本作はシリーズの二作目に当たるが、本書から読み始めても問題はない。神が猫の姿を借りて降臨し、式神である四本腕の鬼が楽しげに暴れ回る。怪異の出現が当たり前だった時代の物語なのだ。文明が照らすことのできる範囲はまだまだ少なかった。世界の薄暗さを味わう小説である。