怪異の出現が当たり前だった時代 若き陰陽師兄弟の伝記時代小説!

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播磨国妖綺譚 あきつ鬼の記

『播磨国妖綺譚 あきつ鬼の記』

著者
上田 早夕里 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784167921446
発売日
2023/12/06
価格
825円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

怪異の出現が当たり前だった時代 若き陰陽師兄弟の伝記時代小説!

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 人ならぬ者と人の妖しい語らい。

 上田早夕里『播磨国妖綺譚 伊佐々王の記』は、法師陰陽師の若き兄弟を主人公とする伝奇小説である。

 安倍晴明は京で朝廷に仕えた陰陽師として名高いが、法師陰陽師は地方で庶民のために働く。物語の舞台は播磨国、現在の兵庫県だ。兄の律秀は薬師として漢薬を処方し、弟の呂秀は僧侶として祈祷を行う。常に二人で事態に立ち向かうのだ。

 第一話「突き飛ばし法師」で依頼にやってくるのは、野鍛冶に用いる鉄を作っている民である。川で作業をしていたところ、何者かに背後から突き飛ばされた。岸には旅装束の僧が現れ、恐ろしい形相で彼らを睨みつけたのだという。物の怪である。

 調査の結果、怪異の正体は意外なものであることがわかった。ただ、黒幕がいたのである。兄弟の前に姿を現したのは、白い浄衣を着た男だった。男はガモウダイゴと名乗り、彼らに宣戦布告した。この妖しい人物が裏で糸を引くために、地に災いがもたらされるのである。兄弟は民のため闘い続ける。

 時代は室町期に設定されている。作中で言及されるように播磨の隣、備中国には、朝廷に滅ぼされた温羅という鬼の伝説がある。中央が地方勢力を滅ぼしてきた歴史の名残である。

 それは人間と自然の関係にも重なる。人間は、他を犠牲にしなければならない罪深い生き物なのだ。第四話「伊佐々王」では、かつて人間に討たれた妖鹿が、ガモウダイゴの力で蘇り、憎悪に燃えて里を侵す。

 SFや歴史小説の印象が強い上田は、妖怪小説の名手でもある。本作はシリーズの二作目に当たるが、本書から読み始めても問題はない。神が猫の姿を借りて降臨し、式神である四本腕の鬼が楽しげに暴れ回る。怪異の出現が当たり前だった時代の物語なのだ。文明が照らすことのできる範囲はまだまだ少なかった。世界の薄暗さを味わう小説である。

新潮社 週刊新潮
2024年1月18日迎春増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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