<書評>『老いと創造 朦朧(モーロー)人生相談』横尾忠則 著

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老いと創造 朦朧人生相談

『老いと創造 朦朧人生相談』

著者
横尾 忠則 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784065340936
発売日
2023/11/16
価格
1,320円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『老いと創造 朦朧(モーロー)人生相談』横尾忠則 著

◆すべて運命に従ったほうが

 私たち日本人は人生相談が好きである。喫茶店などでもあちらこちらで人生相談。会話の基本は人生相談のようで、人生を相談するというより、相談するから「人生」に思えるくらいだ。

 本書では美術家の横尾忠則さんが様々(さまざま)な悩みに回答する。絵画作品とともに答えるという実にユニークな構成で、彼は冒頭でこう宣言する。

 「僕に、人様(ひとさま)の人生相談にのって、答える資格なんてありません」

 回答者としては無資格だという横尾さん。健康法についての相談も「僕の健康法は何もありません」とあっさり。しかも「五感はほぼ全滅」で「ハンディこそ僕の自然体」と開き直ったりする。親の介護をどこまですべきか? との問いには、彼が20代の頃、母親が郷里の家を売って得たお金を持ち出してヨーロッパ旅行に出かけ、帰国すると母が入院しており、そのまま息を引き取ったとのことで、介護体験ゼロ。「なんという親不孝息子」と述懐する。終(つい)の棲家(すみか)選びの相談には「死後の世界に、自分の理想とする家を建てる」と異次元の回答。定年後、居場所がなくなるのが怖いという悩みには「生きている限り、今、自分の立っている場所が居場所です」。

 無資格ゆえの名言というべきか。資格への執着を解き放すようで、読んでいて気持ちが楽になるのである。

 横尾さんのアドバイスの基本は「運命」らしい。どうせすべて運命で決まっているのだから、そのまま従ったほうが「余計な努力や心配をせずにすむ」そうで、「そのほうが便利でいい」とのこと。便利な「運命」。考えてみれば、悩みは自意識から生まれるわけで、「運命」こそ自意識を消すための最適な方便なのかもしれない。

 収録作品の中にトイレで便器にまたがる自画像があり、それが印象的だったせいか、回答を読むたびに水の流れる音が聞こえるような気がした。相手の排泄(はいせつ)物を流してあげる。悩みは解決するものではなく、あれこれ話して解消するもの。それこそ人生相談の極意ではないだろうか。

(講談社現代新書・1320円)

1936年生まれ。美術家。『原郷の森』などの小説を含め著書多数。

◆もう一冊

『言葉を離れる』(講談社文庫)横尾忠則著。半生を振り返ったエッセー集。

中日新聞 東京新聞
2024年2月11日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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