『しあわせの輪 れんげ荘物語』
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群ようこの世界
[文] 角川春樹事務所
群ようこさんの大人気シリーズ「れんげ荘物語」の最新刊『しあわせの輪』が刊行された。
のんびりとひとり暮らしを続けるキョウコだが今作では体調を崩して、不安を感じる日々も。
けれども、働かないと決めた生き方を後悔することはない。このシリーズが共感を呼ぶ理由は、そんな姿にあるのだろう。作家の藤野千夜さんもキョウコに魅せられた一人で第一作から注目してきたという。
作品の魅力を、群さんとの特別対談で解き明かしていただいた。
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◆熱心なファンに後押しされ人気シリーズに!
――「れんげ荘物語」シリーズも最新刊『しあわせの輪』で八巻目となりました。
群ようこ(以下、群) もともとは一冊だけのつもりで書いたんですよね。シリーズに、と言われたときは困ったことになったなぁと。何も考えていなかったから(笑)。でも、思いがけず多くの方に読んでいただき、嬉しくなるようなお声にも支えられて、なんとかここまで続けています。
――藤野さんは群さんの熱心な読者と伺っています。このシリーズを始めとする小説はもちろん、エッセイもたくさん読まれてきたそうですね。
藤野千夜(以下、藤野) 『無印OL物語』『無印結婚物語』など「無印」シリーズが大好きで、あははと笑いながら、元気をもらってました。以来、本屋さんでご著書を見かけると嬉しくなって買っています。今日はお目に掛かれて光栄です。
群 こちらこそ。本当に最初の頃から読んでくださっているんですね。ありがとうございます。
藤野 群さんの本を初めて読んだのは私が出版社で漫画の編集者をしていた頃ですが、当時は会社の誰もが読んでいたんですよね。行動に問題のあるような人も出てくるのですが、うん、いるいる、こういう人いるよって(笑)。書かれているお話をすごく身近に感じていました。
群 私が本の雑誌社に勤めていたのでその様子を書いたりと、業界的なことも取り上げていたせいか、出版関係の方にはよく手に取ってもらったということだと思いますよ。
藤野 いえ、読み返してみたら、三十年以上経っても、まったく古びていないお話ばかりでした。改めてすごいなと思っているんです。
――「れんげ荘物語」シリーズはどのように読まれていますか?
藤野 月十万円で生活するというのが絶妙ですよね。キョウコさんは会社を辞めてしまうけど、そこまで思い切らなくとも月十万円稼ぐということならできるかもしれないなと思ったり。それはつまり、今の暮らし方を見つめ直すことでもあると思いますが、考えるきっかけを与えてくれる作品だと思っています。
群 第一巻を出したのは二〇〇九年でした。リーマンショックの後だったのですが、今ほどの不景気感は世の中になかったと思うんです。金融関係の人は違ったのでしょうけど、多くの人はまだまだ楽しく暮らしていたし、海外に旅行する若い女性もたくさんいました。でもそれは、会社で働いているからこそできること。それが前提の日常だったんですよね。私は、そうじゃない人を書きたいと思ったんです。それで会社を早期退職して、古くて誰も住まないようなアパートで暮らすお話になりました。当時の世の中の流れとはまったく違うものでしたけど、その後、東日本大震災があり、景気もどんどん悪くなって、世の中に合ってきてしまったみたいなところがあります。
藤野 描かれているのは、自分が幸せになるために何を捨てて何を残していくかということだと思うんですね。普通だったら選ばないような安アパートだけれども、そこで一人で暮らしているほうが楽なんだというのがキョウコさんです。こういう生き方は絶対あるなと思います。
群 たくさん持っているほうが幸せというのが一般的な感覚なんだと思いますが、それだけじゃないというかね。
藤野 おっしゃるとおりです。れんげ荘は古くても手入れはきちんとされているし、周りの人にも恵まれている。ちょっとユートピア的なところもあって、本当にこんな場所があったらいいなと思いながら読んでいます。
群 私の理想の形でもあったんですよね、こんな生活できたらいいなという。基本的に、働くの好きじゃないですから(笑)。
藤野 ごはん作って、好きな本を読んでという暮らしは私も憧れます。第二巻の『働かないの』だったと思いますが、キョウコさんが庄野潤三さんの本を読んでいるシーンがありましたよね。すごく象徴的だなと思っていて。庄野さんは後期になると日常を淡々と描くようになられた方だと思っていますが、ただのんびりと暮らしているのではなく、きちんと見据えるものがあって、その生活を選び取っているんだということが感じ取れるんですね。それがキョウコさんの姿に重なるんです。だからこそ、鳥のさえずりを聞いたり、花で季節を感じたりといった日常の描写が心に沁みます。
◆「れんげ荘物語」に寄せられる大きな共感とは
――街の風景もキョウコの日常を彩る大切な要素ですね。舞台となる街にはモデルとなったところがあるのでしょうか?
群 当初イメージしていたのは下北沢でした。書き始めた頃の下北沢には若い人が楽しめるような店がある一方、昔ながらの市場や古いアパートもあってと、雑多な面白さがあったんですね。でも今は、再開発が進んですっかり変わってしまいましたからね。
藤野 シリーズが長くなると、そうした変化もありますよね。変化といえば、巻が進むに連れてイヌとネコが増えてきましたね(笑)。
群 そうなんですよ。イヌネコに逃げているなぁと思いながら書いているときがあって、ちょっと気を引き締めないといけないなと思っているんです(笑)。
藤野 今回もフレンチブルドッグの“棟梁”が仲間に加わりましたけど、新しいワンちゃんやネコちゃんが登場すると、自分が知っているイヌやネコを重ねて読んでいるので、すごく幸せになります。人間の言葉に翻訳されている部分も絶対にそう言っているだろうなと思えて、本当に楽しい。
群 動物のほうが好きなので、ついつい書き込んでしまうんですよね。人間は端折ってしまうのにね。
藤野 この『しあわせの輪』の中に、学校の先生が「どんなにイヌやネコをかわいがったとしても、死に水を取ってくれるわけじゃない」と話しているシーンがありますよね。納得する人がいる中で、キョウコさんは「気の合わない人間がそばにいるより、大好きな動物がいてくれるほうが幸せだ」と考えている。ここ、素晴らしいです(笑)。しかも、そう思う自分はきっと世の中から外れているんだろうと予感すら抱いている。
群 これ、私が高校生の頃に古文の先生に言われたことなんですよ。本にも書いたけれど、だから女性は結婚して子供を産みなさいということをおっしゃるので、私は、ん?と思ってしまったんです。
藤野 実話だったんですね。今回は共感できるところが今まで以上にありました。例えば、キョウコさんが年齢を重ねて丸くなったと感じているところ。「自分とは関係のない人たちにいい出来事があっても、よかったなと素直に喜べるようになった」とあって、まさに自分もそうなんです。
群 少しはキョウコも成長しないとね(笑)。
藤野 かと思えば、お兄さん夫婦の幸せそうな姿を見て、「うとまれている人間一人が亡くなったことで、周囲の人間がみんな幸せになるなんて、人生は残酷なものだ」と。おかあさんのことだと思うんですが、この振り幅がすごい(笑)。でも、その両方を持っているところがキョウコさんの面白さであり、良さなんだよなと改めて感じました。
群 母親に対してきっと何かあるんでしょうね(笑)。でもそれを、キョウコの面白さだと言ってくださるのは藤野さんの優しさだと思います。『じい散歩』を拝読しましたが、ちょっと毒づくようなところもあるのに笑えるんですね。根本に優しさがあるから。描写もとても細やかで丁寧で、見習わなくてはと思わされました。
藤野 人に好かれたいという心根が出ているのかも。
群 そういうのって読者はわかると思うんですよ。でも藤野さんの作品からは感じられない。幸せが滲み出ています。
藤野 憧れの群さんにそんな風に言っていただけて、今日来てよかったです(笑)。
――藤野さんの『団地のふたり』は「れんげ荘物語」シリーズの世界と通底しているものがありますね。
藤野 実は、参考にさせていただきました。私にとって生きていく上で何が必要かを考えた結果、友達がいてくれれば大丈夫だなと思ったので。そこはキョウコさんとは違うんですが。
群 幸せは人それぞれですからね。
藤野 ちょっと年齢のいった女性二人の友情ものをという依頼だったので、生家である団地に戻って暮らす五十代の幼馴染の日常を描いています。最近は団地に移り住む若いアーティストの話を耳にしますし、私が子どもの頃に住んでいたこともあって、団地が気になっていたんです。
群 私もね、後期高齢者になったら団地に住むのもいいなと考えているんです。
藤野 団地、すごくいいですよ。実はこの作品を書いてから団地に引っ越したんです。二つ隣りのお部屋におばあさまが住んでらして、ときどきお花を分けてくださるんですが、そんな時は「れんげ荘的!」と思ってしまいます(笑)。
群 長屋っぽい感じもありますよね。
藤野 ええ。団地の良さにハマってしまい、団地を舞台にした小説を角川春樹事務所さんでも書かせていただく予定です。
群 どんなお話なんですか?
藤野 広い団地だと商業棟というのがあって、食事のできるお店が入っていることがあるんですね。お店もさまざまで、タイ料理屋やお蕎麦屋さん、スイーツのお店もあったり。そんな“団地メシ”を一つのテーマにして書こうと考えています。
群 楽しそうですね。伺っているとキョウコが団地に暮らすのも面白そうだなと思えてきました(笑)。
藤野 そこは「れんげ荘」でお願いします。あのアパートで年を重ねるキョウコさんの日常をまだまだ読みたいです。
群 そうおっしゃってくださる方がいるうちは働かないとだめですね(笑)。キョウコのような生活はまだ先のようです。
【著者紹介】
群 ようこ(むれ・ようこ)
1954年東京都生まれ。1984年『午前零時の玄米パン』でデビュー。著書に「れんげ荘物語」「パンとスープとネコ日和」シリーズ、『無印良女』『かもめ食堂』『ミサコ、三十八歳』『びんぼう草』『還暦着物日記』『咳をしても一人と一匹』『いかがなものか』『きものが着たい』『それなりに生きている』『たべる生活』『これで暮らす』『小福ときどき災難』『子のない夫婦とネコ』『音の細道』『今日は、これをしました』『パンチパーマの猫』『こんな感じで書いてます』『たかが猫、されどネコ』など多数。
【聞き手紹介】
藤野千夜(ふじの・ちや)
1962年福岡県生まれ。1995年「午後の時間割」で海燕新人文学賞を受賞してデビュー。著書に『君のいた日々』『すしそばてんぷら』『おしゃべり怪談』『夏の約束』『少年と少女のポルカ』『ルート225』『彼女の部屋』『ベジタブルハイツ物語』『主婦と恋愛』『中等部超能力戦争』『少女怪談』『親子三代、犬一匹』『願い』『ネバーランド』『時穴みみか』『じい散歩』『じい散歩 妻の反乱』『団地のふたり』など多数。