ミステリや異世界ファンタジーなど 文芸評論家がオススメする新人作家5名

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  • 時の睡蓮を摘みに
  • 機工審査官テオ・アルベールと永久機関の夢
  • 人探し
  • オルクセン王国史
  • ビボう六

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ニューエンタメ書評

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

文芸評論家の細谷正充が、フレッシュな新人作家5名から、面白さ保証のベテラン作家の本までを紹介します。

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 掲載されるのは二〇二四年三月号だが、私にとっては今年最初の「ニューエンタメ書評」である。ということなので新しい年に相応しく、新人のデビュー作から始めよう。まずは、葉山博子の『時の睡蓮を摘みに』(早川書房)だ。第十三回アガサ・クリスティー賞大賞受賞作である。

 一九三六年、女子専門学校の受験やお見合いに失敗した滝口鞠は、日本から逃れるように父親のいる仏領インドシナの首都ハノイに向かった。大学に入学して、念願の地学を学ぶ鞠。だが戦争へと向かう時代のうねりに彼女は翻弄されていく。

 戦前から戦中をハノイで生きた、自立心旺盛な日本人女性を中心に、幾人かの波乱の人生を活写した歴史ロマンである。先に触れたように、アガサ・クリスティー賞大賞受賞作なので、ミステリーの要素はある。スパイや策略が渦巻いている。しかし本書の一番の読みどころは、鞠の人生だ。女性であるために日本で抑圧されていた彼女は、ハノイで自分の道を歩もうとするが、戦争によってまたもや抑圧される。激動の時代の中で懸命に生きる彼女から目が離せない。また鞠の周囲にいる、立場も人種も異なる人々も、物語に重みを与えている。調べたことを詰め込みすぎたように感じられるが、書き続けていけば塩梅が分かるようになるだろう。大きな可能性が伝わってくるデビュー作だ。

 なお、第十三回アガサ・クリスティー賞の優秀賞を受賞した、小塚原旬の『機工審査官テオ・アルベールと永久機関の夢』(ハヤカワ文庫)も刊行されている。こちらの舞台は十八世紀初頭のノイエンブルク公国。しかも題材が“永久機関”である。葉山作品とは違う過去の世界が楽しめた。

 遠藤秀紀の『人探し』(双葉社)は、第四十四回小説推理新人賞を受賞した短篇「人探し」を長篇化したものである。ちなみに冒頭の一節から十節までが受賞作となっている。

 歩き方を解析して個人を特定する、歩容解析システム「ラミダス」が、密かに実用化され、警察の捜査に使用されていた。「ラミダス」を独力で開発した能勢恵。映像を提出する、鉄道会社の職員の笹本。調べるべき事件を持ち込む二人の刑事。四人のチームは、過去の重大事件の犯人を、次々と確定して捕まえていく。だが能勢が「ラミダス」を開発したのは、売春婦だった母親を殺し、幼い自分を犯した「コウタ」を見つけ、殺すためだった。

 メイン・ストーリーになると思った能勢の復讐の部分は、それほど驚きがない。しかし読者は強い興味を持って、ページを捲ることができる。「ラミダス」の描写が、リアリティに満ちているからだ。実は作者は、自分の学問をあえて「遺体科学」と呼んでいる東大教授である。今までに蓄積した膨大な知識や研究が、「ラミダス」に込められているのだろう。また、「ラミダス」が公になることにより、社会や人の心が変化する可能性も指摘されている。能勢とは違う理由により「ラミダス」を必要とする笹本の存在も、技術が人間に何を与えるのかということについて考えさせられた。技術と人間を掘り下げた、インパクト大の作品である。

 樽見京一郎の『オルクセン王国史1 ~野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか~』(一二三書房)は、異世界ファンタジーだ。もともとインターネットの小説投稿サイトに掲載されていた作品だが、第二回一二三書房WEB小説大賞の金賞を受賞し、このたび商業出版された。

 物語は、趣味と実益を兼ねて狩猟を行っていた豚頭族のグスタフ・ファルケンハインが、満身創痍のダークエルフのディネルースを発見するところから始まる。グスタフは、魔種族統一国家オルクセンの王だ。なんとか助かったディネルースの話によれば、白エルフ族がダークエルフ族を族滅しようとしているという。かねてより他種族を蹂躙している白エルフを警戒し、やがて全面戦争になることを予測していたグスタフは、着々と戦の準備を進める。

 舞台となる世界は、鉄道も銃もあるので、近代といっていいだろう。その中でもオルクセン王国は、文化や技術が異様に突出している。理由は読んでのお楽しみだ。作者は戦争の準備段階から、じっくりと書き込んでおり、本書では開戦まで行かない。だが、読んでいる間は、まったく気にならない。戦争を始めるには、何が必要なのか。どのような手続きが必要なのか。こだわりがあるという兵站を始め、考え抜かれた描写の積み重ねが、ストーリーの先を期待させる。ネットに掲載された小説は完結しているので、商業出版も最後まで突っ走ってほしい。

 佐藤ゆき乃の『ビボう六』(ちいさいミシマ社)は、第三回京都文学賞受賞作。眠れない夜に二条城のまわりを周回している、エイザノンチュゴンス(以下、ゴンス)という六本足の怪獣が、堀から上がってきたような全身ずぶ濡れの、白い羽のある女性を助ける。小日向と名乗る女性は記憶がなく、ただ白いかえるを探していたことしか覚えていない。小日向に好意を覚えたゴンスは、小日向を連れて白いかえるを探すため、妖怪たちが当たり前にいる、夜の京都を彷徨うのだった。

 その一方で、幼少時から恵まれない生活をしていた、小日向という人間の女性の半生が挿入される。どうやら羽のある小日向と同一人物らしい。二つの物語のパートを、微妙に重ね合わせる作者の手際に、センスが感じられる。ゴンスの素性が、しだいに分かってくるところも、やはりセンスあり。だから、それほど起伏のないストーリーでも、一気に読んでしまうのである。これからどのような方向を目指すのか、まったく想像できないが、今後の作品に注目したい。

 さて、そろそろ新人から離れよう。宮澤伊織の『ときときチャンネル 宇宙飲んでみた』(東京創元社)は、十時さくらという女性が、同居人のマッドサイエンティスト・多田羅未貴の発明を、配信サービス内の《ときときチャンネル》で紹介し、収益化しようとする。ただし未貴のマッドサイエンティストぶりは尋常ではなく、超高次元の粒子ネットワークから、謎の情報を得たりしているのだ。そしてさくらは、宇宙を飲んだり、時間を飼ったりすることになる。

 本書は、連作ハードSFである。科学用語がバンバン出てきて、各話の出来事を理解するのが大変だ。でも、さくらの配信というスタイルで進行するので語り口は緩い。読んでいると、なんとなく分かった気になれるのだ。しかも、さくらは未貴に好意を寄せており、微妙に“百合”の空気も漂っている。ということで本書は、世界で唯一の緩くて百合なハードSFになっているのである。

 岩井圭也の『凪の海 横浜ネイバーズ3』(ハルキ文庫)は、好評シリーズの最新刊である。ロンこと小柳龍一は二十一歳の若者だ。横浜中華街四川料理の名店「翠玉楼」に生まれるが、一昨年で店は閉店。高校卒業後はフリーターをしている。かつて、ある事件を解決したことで〈山下町の名探偵〉というダサい二つ名を付けられた。その後も幾つかの事件を解決したことから、今では中華街全体に広まっている。困っている人、悩んでいる人を助けることが、己の使命だと思っているロンは、仲間たちと共に、さまざまな事件に立ち向かうのだった。

 本書は、全四話で構成されている。冒頭の「ゴッド・イズ・バック」は、シリーズ第一弾で知り合った高校生の涼花から依頼を受ける。涼花の同級生兼恋人で、プロゲーマーのチップこと佐藤智夫が、チームから八百長を持ちかけられたというのだ。ゲームを対象にした賭博が関係しているらしい。カムバックしたゲームの達人「ダゴン」により、事態は好転するかと思われたが、逆に悪化。SNSやネットに詳しいヒナこと菊地妃奈子や、柔術家のマツこと趙松雄の協力を得て、ロンは困難な依頼を果たそうとする。

 以下、「推しの代行者」は転売屋、「盗人のルール」は裏バイト、「凪の海」は××××(重要なポイントなので秘密にしておく)と、現代的な題材を扱いながら、まだ青臭いところのあるロンの躍動を描いていく。横浜中華街をホームグラウンドにして、ズッコケることもあるが、決めるときは決めるロンが魅力的。青春ハードボイルドの快作なのである。

 梶よう子の『商い同心 人情そろばん御用帖』(実業之日本社)は、まさかの「商い同心」シリーズ第二弾である。なぜ、まさかなのか。シリーズ第一弾となる『宝の山 商い同心お調べ帖』(文庫化に際して『商い同心 千客万来事件帖』に改題)が刊行されたのが、二〇一三年だからだ。なんと十年の歳月を経て、第二弾が刊行されたのである。

 主人公の澤本神人は、北町奉行所の諸色調掛同心。市中の品物の値段を監視し、また幕府の許可していない出版物が出ていないか調べ、どちらも悪質な場合は奉行所にて訓諭するのが役目である。本書には、そんな神人の活躍を描いた全六話が収録されている。女易者が関係した事件を解決する「女易者」を始め、どの話も面白い。

 さらに注目すべき点として、先の南町奉行で、現在は小姓組番頭の跡部良弼の存在が挙げられよう。元老中・水野忠邦の実弟でもある。本書から登場した人物だが、なにかと神人に絡むのだ。それによって前作より、政治色が強くなっている。

 しかも最終話「五方大損」では、事件の裏に良弼の思惑があったことを知った神人が、「ふざけるな! これ幸いと利用したというわけか。お偉方の遊びで、どれだけの庶民が苦労したか、わからねえのか」と啖呵を切るのだ。作者は神人を通じて、良弼だけでなく、現代の政治家も一喝したのである。

角川春樹事務所 ランティエ
2024年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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