『体罰と日本野球 歴史からの検証』中村哲也著

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体罰と日本野球

『体罰と日本野球』

著者
中村 哲也 [著]
出版社
岩波書店
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784000616225
発売日
2023/12/18
価格
2,750円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『体罰と日本野球 歴史からの検証』中村哲也著

[レビュアー] 為末大(Deportare Partners代表/元陸上選手)

黙認する空気 社会の縮図

 なぜ体罰が生まれ広がったのか。根絶できないスポーツ界は何かおかしいのではないか。世間の率直な感想だろう。本書は日本のスポーツで長い歴史があり、人気がある野球に焦点を当て、体罰が広がった経緯を詳細に調べ論考している。

 競技レベルが高まっていく1920年代から体罰はあったが、過激化したのは戦後に入ってからだ。旧日本軍を経験した学生が復員したことも理由の一つだが、ベビーブームや野球人気による競技人口の増加が関係していた。

 「部員数が増加すると、部員一人一人の存在価値は下がり、監督や上級生から体罰やしごきを受けやすくなり、退部する部員も増加する。部員数が減少すると、部員一人一人の存在価値が上がり、指導者や上級生も安易に下級生に体罰やしごきを加えて彼らが退部することがないよう配慮していたことがうかがえる」

 限られた練習環境で、限られたレギュラーを、多数の部員が争う状況で、体罰は人数調整弁の役割を果たしたということになる。昔のトレーニングは非科学的だったと言われるが、辞めさせることが目的であればむしろ非科学的であることが望ましかった可能性すらある。

 嫌なら辞めればいいのだが、部活動は学校に紐(ひも)づくために違う野球部を選べない。高校野球では、親の転居以外の事情で転校すれば、原則として一定期間公式戦に出場できなくなる。逃げられない状況で体罰は激化した。

 興味深いのは、苛烈な体罰を行いながら部が部員を退部させていないことだ。あくまで最後は本人が自主的に辞める形にしていく。自主的な退部は本人に敗北感を植え付け二重にダメージが大きい。

 野球界は日本社会の縮図ともいえる。組織間の移動を前提としない辞めにくい構造、監督を中心とした上意下達体制、あくまで自主的な退部を促すこと。そして誰も命令をしないのに自然と行われる体罰とそれを黙認する空気。人は育てられたように人を育てる。この連鎖を断ち切るには、ある世代が徹底的に自己を見つめ、変えるしかない。(岩波書店、2750円)

読売新聞
2024年2月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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