若者はSNSを見過ぎて“史上最悪”のメンタル…“自分の地位を勝手に下げている人”に効く一冊を養老孟司が読む

レビュー

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メンタル脳

『メンタル脳』

著者
アンデシュ・ハンセン [著]/マッツ・ヴェンブラード [著]/久山葉子 [訳]
出版社
新潮社
ISBN
9784106110245
発売日
2024/01/17
価格
1,100円(税込)

養老孟司が読む『メンタル脳』の効能

[レビュアー] 養老孟司(解剖学者)


アメリカでも「国家的危機」に(※画像はイメージ)

 ベストセラー『スマホ脳』で著者、アンデシュ・ハンセン氏はスマホに溺れることの危険性を説き、大きな反響と強い共感を呼んだ。そのハンセン氏の新刊『メンタル脳』(マッツ・ヴェンブラード共著、久山葉子訳)は、現代人、とりわけ若い人のメンタル問題に焦点をあてた一冊である。

 ユニセフは世界の10~19歳の若者の7人に1人以上が心の病気の診断を受けていると報告し、米CDC(疾病予防管理センター)は10代のメンタルヘルス問題を「国家的危機」と警告しているという。

 人類史上最悪とも言えるメンタル状態から脱するためにはどうすればいいか。同書は脳科学の見地から、その問いにこたえる「心のトリセツ」とも言うべき内容となっている。

 この話題の書を、やはり若者のメンタルに強い関心を持つ養老孟司さんはどう読んだか。以下、養老さんのレビューである。

 ***

 若者を怒らせる言葉の一つに「常識」がある。何気なく「常識」と口にして、「常識ってなんですか」と強く反発されたことがある。その若者はたぶん親に「常識がない」と言われて、傷ついたことがあったのかもしれない。

 著者のハンセンは常識家である。私のいう常識家とは、世間で通用している暗黙の規則をよく心得ていることではない。さまざまな出来事に目を配って、ものごとをどう考えたらいいのか、よくわかっているという意味である。他人の考えることはほぼわかっているが、考えていないこともなにか知っている。そういう人である。

 この本でハンセンは脳にかこつけて常識を語っている。たとえば気が滅入ったら運動しなさいという。脳がどうこうということを知らなくても、体を動かすことは、健康のために必要である。それなら三年寝太郎は病気になるに違いない。でも、昔の人は万事に体を動かすしかなかったから、身体労働がきつすぎたので、ああいう昔話があるのだと思う。隣の町に行くのにも、何キロか歩かなければならない。そういう昔ならともかく、今では公共交通機関や自家用車があるから歩かなくて当然だが、以前は歩くのが当然だった。

 ハンセンは現代の若者のメンタル(心と言ってもいい)が不調らしいという事実を問題にする。ヒトという動物は、150人程度の集団で狩猟採集をしていたというところから話が始まる。そういう時期が長かったので、脳は今でもそういう生活に適応したままなのだ、という。生活は現代だが、脳は石器時代のままなのである。だから不安になったりパニック発作が起きたりする。物陰から突然ライオンが飛びかかってきたりすることは、今ではもうないのに、脳がそれを認めてないから、じつは必要もないのに不安に陥ったりする。

 小集団のなかでは、集団内の順位が生き延びるために重要である。ところがSNSを見ていると、自分よりきちんとして見える人が、整然とした部屋に住んでいる。それを見ている若者は、自分の地位を勝手に下げてしまう。他人と自分を比べるのはやめなさい、スマホは日に1時間にしなさいという忠告がそこから出てくる。

 さまざまな心理的な不都合に対して、脳という視点を持ち込むことで、それはこういうことなんですよ、と著者は丁寧に説明する。アンタがバカだから、とか、性格がヘンだからだ、などとはいわない。そうなるのも脳というものをよく知れば無理もないことなんですよ、と言ってくれる親切なオジサンが著者のハンセンである。


養老孟司(ようろう・たけし)
1937(昭和12)年、鎌倉生れ。解剖学者。東京大学医学部卒。東京大学名誉教授。1989(平成元)年『からだの見方』でサントリー学芸賞受賞。著書に『唯脳論』『バカの壁』『手入れという思想』『遺言。』『ヒトの壁』など多数。池田清彦との共著に『ほんとうの環境問題』『正義で地球は救えない』など。

Book Bang編集部
2024年1月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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