大森望 私が選んだBEST5

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  • 成瀬は信じた道をいく
  • spring
  • ここはすべての夜明けまえ
  • 冬に子供が生まれる
  • ロボットの夢の都市

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大森望 私が選んだBEST5

 令和最強のヒロインと言えば、宮島未奈のデビュー作『成瀬は天下を取りにいく』の主役、成瀬あかりで決まり。「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」という冒頭のひと言で、成瀬は全国読者のハートを掴んだ。この4月には本屋大賞を受賞し、名実ともに天下を取ったかたち。

『成瀬は信じた道をいく』はその続編。爆発的ヒット作の続きとなれば肩に力が入りそうだが、成瀬はまったくの自然体。ファンの小学生の前でも、大学受験の会場でも、平然と成瀬でありつづける。

“万人向けの小説”みたいな売り文句は基本的に信じないほうだが、このシリーズはその希有な例外。成瀬の魅力にまだ触れていない人は、騙されたと思ってぜひ手に取ってみてほしい。

 一方、令和最強のヒーローに名乗りをあげたのが、恩田陸『spring』の萬春。成瀬と同じくタイトルロールの春は、8歳でバレエと出会い、15歳で海を渡った世界的な舞踊家にして振付家。恐ろしいほどの才能に恵まれながら、無邪気な人柄で誰からも愛される。著者みずから、「いままで書いた主人公の中で、これほど萌えたのは初めてです」と告白するくらいだから、春の魅力は推して知るべし。『蜜蜂と遠雷』でピアノを物語にした恩田陸が、本書ではダンスをまるごと言葉に翻訳する。バレエの素養がまったくない僕のような読者でも、脳内で再生される春のダンスにうっとりせずにはいられない。

 成瀬と春が光り輝く主役だとすれば、ダークサイドで強烈な存在感を放つのが、間宮改衣のデビュー作『ここはすべての夜明けまえ』の語り手の“わたし”。2022年、ある理由から、体を機械に置き換える融合手術(サイボーグ化処置)を受けた“わたし”は、25歳の外見のまま永遠に老化しなくなる。それから1世紀を経て、“わたし”は、いつか家族史を書いてほしいという生前の父の要望を思い出し、家族の思い出を手書きで綴り始める。ひらがなを多用した独特の文体には麻薬的な中毒性があり、その行間から立ち上がってくる暗黒が読者を捕まえて放さない。人間の体を失った語り手だからこそ語れる人間の闇。SFならではの家族小説だ。

 佐藤正午『冬に子供が生まれる』は、「今年の冬、彼女はおまえの子供を産む」という奇妙なメッセージがスマホに届くところから始まるなんとも不思議な物語。この小説はSFなのか、ホラーなのか、はたまたミステリーなのか? 小説はやがて、主人公の過去へと分け入り、複雑に絡み合う出来事の糸を解きほぐしていく。ちなみに本書は直木賞を受賞した『月の満ち欠け』以来、著者7年ぶりの長編。受賞第1作が7年後―という点まで含め、なんとも佐藤正午らしい。

 ラヴィ・ティドハー『ロボットの夢の都市』は、邦訳して200ページ少々という短い作品ながら、今年上半期の翻訳SFの私的ベストワンに選びたい。舞台はサウジアラビアの古い砂漠の街ネオム。数百年前の大戦争の遺物が埋まるその砂漠に戻ってきた名無しのロボットが砂から掘り出したのは、金色に輝くバラバラのパーツ。それは、ゴールデンマンの亡骸だった……。ポストサイバーパンク的な未来に古典的ロボットを復活させたSF寓話の傑作だ。

新潮社 週刊新潮
2024年5月2・9日ゴールデンウィーク特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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