<書評>『続きと始まり』柴崎友香 著

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続きと始まり

『続きと始まり』

著者
柴崎 友香 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087718560
発売日
2023/12/05
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『続きと始まり』柴崎友香 著

[レビュアー] 青木千恵(フリーライター・書評家)

◆コロナ禍 3人の2年間

 2020年3月から22年2月まで。コロナ禍に見舞われている日本で別々の場所に暮らす、3人の男女を描いた長編小説である。

 夫、子供2人と関西で暮らし、パートで働く石原優子。東京在住の調理師・小坂圭太郎とフリーカメラマン・柳本れい。この3人の視点をかわるがわるにして、物語は進む。

 無関係の3人は、新型コロナウイルスによる生活の変容を余儀なくされている。大阪出身の優子は中学1年生の時に阪神大震災に遭遇した。2011年3月に起きた東日本大震災は、3人ともそれぞれが覚えている。震災も未知の病原体の出現も大きな出来事だが、緩められた制限がまた厳しくなるような、じわじわと状況が変わるコロナ禍は震災とは違うものだった。

 知らず知らずのうちに何かが削られ、れいは21年8月に<あまりにも違う複数の世界が常に目の前にあった。それが一年以上続いていることで気持ちがどんどんすり減っている>と感じている。適応して生活を続けるうちに、少し前の感覚さえ薄れて、忘れてしまう。

 20年3月、20年5月……と時系列の章立てで、刻々と変わる暮らしを丹念に追う。『終わりと始まり』などで知られるポーランドの女性詩人、ヴィスワヴァ・シンボルスカの詩が引用されていて、過去の暗がりへと流されてしまいそうな人々の生活や意思を、言葉でつなぎとめる。実は3人には小さな接点があった。

 物語終盤の22年2月に、れいはロシアの軍事侵攻を動画で目にする。無力感を覚えるれいだが、出来事に遭い続ける人々の側の思いを、この小説は確かに伝えている。

 3人の男女にカメラを据えて定点観測をし、この時の「世界」を伝える。<過去の一瞬に存在して消えてしまった光がレンズを通して別の時間に残される>写真のように、少し前の、どの人にも流れた2年間を描きとめた。視座がしっかりしているため、人々に蓄積されたより長い時間も捉えている。読者の経験と共振する長編小説である。

(集英社・1980円)

1973年生まれ。作家。著書『寝ても覚めても』『春の庭』など多数。

◆もう1冊

『終わりと始まり』ヴィスワヴァ・シンボルスカ著、沼野充義訳(未知谷)

中日新聞 東京新聞
2024年1月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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