『『イムジン河』物語』
- 著者
- 喜多 由浩 [著]
- 出版社
- アルファベータブックス
- ジャンル
- 芸術・生活/音楽・舞踊
- ISBN
- 9784865980189
- 発売日
- 2016/08/19
- 価格
- 1,760円(税込)
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発売中止 歌に託された願いは
[レビュアー] 山村杳樹(ライター)
ザ・フォーク・クルセダーズ(フォークル)の『帰って来たヨッパライ』が発売されたのは一九六七年十二月。無名の学生バンドが唄う軽妙なこの歌は同月だけで百五十万枚を売り上げ、最終的には二百八十万枚に達するメガヒットとなった。第二弾として東芝音工が準備したのが『イムジン河』だった。が、発売日のわずか二日前になって朝鮮総連が抗議を申し入れ、急遽、発売中止の措置がとられた。この歌は歴とした北朝鮮の歌曲で作詞、作曲者もはっきりしている、原曲の歌詞を無断で変えている、「朝鮮民主主義人民共和国」の正式名称を使え、というのが抗議の内容だった。当時、東芝音工の親会社、東芝は韓国に進出しており、北朝鮮と対立する韓国を刺激したくない事情があり、問題は一気に政治化した。本書は、この「政治や時代に翻弄され、数奇な運命をたどった」歌の来歴を追ったドキュメントである。
この歌が誕生したのは一九五七年。作詞は北朝鮮の国歌を書いた朴世永、作曲者は高宗煥。共に韓国出身で、戦後、北朝鮮へ渡った経歴を持つ。タイトルは南北を分断する三十八度線近くを流れる実在の河、臨津江に由来しており、原曲の二番は「江の向こうの蘆畑では鳥が悲しく泣き/荒れた野には 草むら茂る」と北朝鮮の政治宣伝が色濃い歌詞になっている。しかし、この歌が北朝鮮で披露されたのは一回きりで、完全に忘れ去られた存在となっていた。ところが朝鮮総連により日本に伝えられたこの歌を京都在住だった松山猛が知り、友人のフォークルメンバー、きたやまおさむに教えたことにより、日本で大いなる復活を遂げることになる。とはいえ、金正日の別荘で、韓国の歌手キム・ヨンジャがこの歌を唄った際、総書記は「冷たい反応」を示したという。現在、臨津江には機雷が浮かび、南北間の緊張はかつてないほど高まっている。歌に託された願いが実現する日は遠ざかるばかりだ。