天安門事件の貴重なルポ

レビュー

4
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

八九六四 「天安門事件」は再び起きるか

『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』

著者
安田 峰俊 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784041067352
発売日
2018/05/18
価格
1,836円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

天安門事件の貴重なルポ

[レビュアー] 山村杳樹(ライター)

「八九六四」とは一九八九年六月四日に勃発した天安門事件を指す。トウ小平率いる中国共産党が、民主化運動を戦車で蹂躙したこの事件に関しては、中国当局による厳しい報道規制が行われ続け、二九年を経た今日ですら全容は明らかになっていない。例えば、事件の犠牲者数は、中国政府の公式見解では三一九人だが、機密解除された英国政府の公文書によると一万人規模と推計されている。中国政府はこの事件を「八〇年代末の政治風波」と結論づけ、毎年、六月四日には天安門に厳戒態勢を敷き、事件の封殺を狙っている。本書は、様々な関係者へのインタビューを通してこの事件の実態に迫ろうと試みている。登場するのは、事件当時、天安門広場にいた者、留学先の日本にいた者、地方の民主化運動に参加した者、まだ生まれていなかった者などで、事件後、当事者たちがたどった人生の変遷や、事件に対する評価の変化なども描かれる。数百万人の若者が運動に参加した動機を著者は「刺激や娯楽の少ない社会で体制の圧迫感から解放される非日常感と、『もう少しましな世の中にしてほしい』といった程度の現状改善欲求、それらに異議を唱えた李鵬たち保守派への反発」と書く。北京に留学していた日本人女子学生は、「屋内外を問わず物陰で性行為に勤しむ学生カップルが数多く出現」しはじめるのを目撃する。彼女はそれを「生命の危機に追い詰められた動物の本能」を連想させる終末感に溢れた光景だったと述懐している。民主化運動が圧殺された後、シニシズムやニヒリズムに陥った若者たちは「向銭看」という金銭至上主義に走るようになる。運動を主導した学生は、中国にあっては少数派エリートで、事件後、海外に留学し大学教授や実業家として成功した者も多かったという。印象的なのは、亡命の後、台湾に土着することになった元民主化運動リーダー、王丹とウアルカイシの二人。王丹は後に、運動が失敗した原因を「思想的基礎の欠如」「組織的基礎の欠如」「大衆的基礎の欠如」「運動の戦略・戦術の失敗」の四点に総括している。二〇一四年三月に台北で起きた学生による立法院占拠事件「ヒマワリ学運」に際し、王丹とウアルカイシは学生たちを陣中見舞いしている。この運動は、王丹の総括を活かした形で見事に成功を収めた。中国本国では語ることさえ許されない天安門事件は、香港や台湾の若者たちに有形無形の影響を与え続けていると言える。著者は、中国国内でのインタビューを二〇一五年の夏までに終えていたという。習近平が政権を握って以来、ネットの国家管理、監視カメラによる大衆監視など抑圧体制は苛烈さを増している。著者の言うように、中国国内での同種の取材は今後は困難となるに違いない。その意味でも本書は貴重なルポといえる。

新潮社 新潮45
2018年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加