グローバル化した国民食

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ラーメンの歴史学

『ラーメンの歴史学』

著者
バラク・クシュナー [著]/幾島 幸子 [訳]
出版社
明石書店
ジャンル
社会科学/民族・風習
ISBN
9784750346816
発売日
2018/06/11
価格
2,700円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

グローバル化した国民食

[レビュアー] 山村杳樹(ライター)

 現在では、ラーメンの国民食としての地位に異を唱える人はいないのではないだろうか。中国に起源を持ち、主に米国産小麦を原材料とするラーメンが、何故、日本を代表する食べ物になったのか?

 本書は「ラーメンは日本の戦後史の頂点を体現するもの」と捉える、英国ケンブリッジ大学で日本の近現代史を講じる歴史学者が、五十人以上の関係者にインタビューして執筆した本格的なラーメン研究書である。考察は、古代日本の麺のルーツから、江戸時代の蕎麦ブーム、明治・大正時代に人気のあった支那ソバを経て、戦後のインスタントラーメンの開発へと展開する。

 ラーメン史の画期となったのは、GHQ(連合国最高司令部)による日本占領政策。食糧難による混乱を避けるため、マッカーサー司令官は、三百万キロあまりの小麦粉を「余剰」として日本に提供するが、この小麦粉は、日本降伏前に、連合国軍の日本本土上陸に備えてフィリピンに送られていたものだった。

 戦後、アジア大陸から戻ってきた引揚者が、この小麦をラーメンや餃子に加工して屋台で売り、戦後の経済成長を担った労働者、学生たちが「濃厚な風味」と「簡便性」を求めて屋台に押し寄せた。更に、一九五八年、日清食品の創業者・安藤百福が輸入小麦の用途として開発したインスタントラーメンが日本の食生活に甚大な変化をもたらした。

 著者は、英語指導助手として岩手県の漁村で働いていた二十五歳の時、初めてラーメンと出会い、そのおいしさに衝撃を受け探究が始まったという。十数年前、イギリスで講演した際には、「ラーメンというのは何ですか?」と質問される状況だったが、原書が刊行された二〇一二年には、欧米でもラーメンブームが始まっていたという。日本でラーメンブームが本格化したのは一九八〇年代末から一九九〇年初めにかけてで、この時期はバブル崩壊以降の「失われた一〇年」の始まりと一致する。著者はラーメンのグローバル化が進んだのは、それが「クールジャパン」やポップカルチャーと結びついていたからではないかと推察する。

 そして今や国内でのラーメンブームは、地域ブランドの創出という新たな局面を迎えている。食生活の変化は、「人々の移動、美味の追求、産業の状況と労働、地理的な力、利益の追求、都市人口の変動、戦争」など多くの要素によってもたらされるとする著者は、ラーメンの起源や活力を理解するためには「より広い観点から日本の歴史を分析することが必要だ」と指摘する。日常的に口にするラーメンだが、じつは「東アジアの歴史が溶け込んだ小宇宙なのだ」という著者の主張に深く納得させられると同時に、「ラーメンを食べると歴史も消化できる」という誘いに、唾液腺が刺激される。

新潮社 新潮45
2018年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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