『江戸諸國四十七景 名所絵を旅する』
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江戸諸國四十七景 鈴木健一 著
[レビュアー] 岡村民夫(法政大教授)
◆雅・俗の落差を楽しむ
「松島」「赤穂の塩」など一都道府県につき一つの名所ないし名物が立項され、それにまつわる江戸時代の絵と詞書(ことばがき)が名所図会(ずえ)や浮世絵などから豊富に引用される。鈴木春信、葛飾北斎、谷文晁といったビッグネームも登場する。ただし焦点は、美術でも地理でもなく、土地とものごとを特定の構図に収めた<型>の戯れにある。
そうした<型>の多くは中世に形成されていたが、江戸時代になると、庶民層における出版文化や旅の隆盛を背景に<型>のカタログ化が進み、<型>を踏まえたずらしが楽しまれるようになったのだという。再三語られる「俗」へのずらしから、田山敬儀注『百人一首図絵』の竜田川(奈良県生駒郡)の表象を紹介しておこう。
早瀬を衣紋(えもん)さながらに流れる紅葉(もみじ)が『古今和歌集』に基づく王朝風の「雅(みやび)」に属することを著者は押さえたうえで、手を伸ばして川面の紅葉を取ろうとする腕白(わんぱく)坊主という「俗」が岸辺にいきいきと描き込まれている点に着目し、「<雅><俗>の落差を知的に楽しむというのが、庶民に文化が浸透した江戸時代的な思考法なのである」と説いている。
引用資料の選択が、じつに卓抜だ。簡潔でわかりやすい案内にしたがって絵図から絵図へと遊覧しながら、江戸時代のまなざしを幾度も追体験させてくれる。碩学(せきがく)でなければ書けない啓蒙書(けいもうしょ)である。
(講談社選書メチエ・1890円)
<すずき・けんいち> 1960年生まれ。学習院大教授。著書『古典注釈入門』など。
◆もう1冊
佐藤要人監修『浮世絵に見る江戸の旅』(河出書房新社)。伊勢参宮などで活況を呈する江戸期のさまざまな旅を解説。