作家・宮内悠介「一箱古本市に参加してみた」 神楽坂ブック倶楽部イベントレポート

イベントレポート

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一箱古本市
宮内悠介さんが参加した一箱古本市

神楽坂の街をワイン箱に入った古本で埋め尽くす「神楽坂一箱古本市」に新進気鋭の吉川英治新人賞作家が参戦した。さて、その売れ行きやいかに?

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 まずやることは、本に挟むスリップの作成だ。

 屋号は、一月に刊行した自著の『カブールの園』にちなんで、「カブールの市」とした。だから、アフガニスタンの首都であるカブールの写真に、屋号を重ねあわせてレタリングをする。書体は、この原稿を書いているいま、ちょうどハマっているドラマの「カルテット」風に。家人がピンク色のA4用紙を持っていたので、それを貰ってプリントし、スリップの形に裁断していく。身体を使う単純作業が楽しいのは、普段、文章ばかりこね回しているからか。

 今回の売りは、小説を書くにあたって参考にした本を並べるというもの。

 もっとも、いざ既刊への指摘があった際などに、手元に重要文献がないと困るので、コアとなるような本を並べられないのは痛いところ。そのかわり、一つ自分に縛りを課すことにした。「本当にいらない本は置かない」というもの。

 ……と、そんな感じに選書していったところ、日系人収容所や現代音楽、そして中央アジアの国際関係やらと、なんだかいかめしい本ばかりになってしまった。全体的に、画数が多いというか、濃い。せっかくだし、試しに並べてみようと入れてみた精神医学の学会誌が、とても存在感を放っている。全体的に、なんとなく、余人を拒む壁のようなものがある。

 というわけで方針転換をし、半分は軽い読みものや新書、漫画などに変更。

 おおむね終わったところで、するりと本の一冊から「謹呈 著者」の短冊が落ち、固まる。

 しばしの脳内会議ののち、著者からいただいた本は、ちゃんと読了し、面白く思い、かつウェブなどに感想を記したものに限ってオッケー、と自分ルールを定める。いや、著者からすればオッケーでもなんでもないと思うんだけど、1Kロフトの部屋に夫婦で住んでいるのでご容赦を、と著者に念を送る。

 選書をしながらの感情は、半分が「楽しい」で、残り半分が「怖い」だ。

 というのも、ぼくは最初の本を出してから五年。考えてみれば、その間、自分の手で本を売ってみる体験がなかった。だから、一箱の古書とはいえ、それを前にお客さんたちはどういう反応を示すのか、そして何を考え、どういう基準で本を手に取るのか――それが興味深くもあり、そして実際に書籍を出版してもらっている身からすれば、怖くもあった。だからこそ、今回、参加してみようと思い立った次第でもある。

 なんとなしに、はるか昔にコミケでゲームの手売りをしたことを思い出す。

 ――どうぞお手に取ってご覧ください!

 ――このソフトの内容はといいますとね……。

 確か、あのときはちっとも売れなかった。考えてみれば、ぼくは生来人と話すのが苦手で、ことによると、お客さんをはばむオーラのごときものが全開になりかねない。大丈夫かな。みんな立ち止まってくれるだろうか。どうしよう、一冊も売れなかったら。

新潮社 波
2017年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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