悩みもがく漫画家兼ダメ父の、モラトリアムな日常『秋津』室井大資|中野晴行の「まんがのソムリエ」第60回
中野晴行の「まんがのソムリエ」
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- 秋津 1
- 価格:682円(税込)
父親と息子のビミョーな関係を描くマンガ家マンガ
『秋津 (1)』室井大資
父親と息子の付き合い方は難しい。母と娘のように仲良くすることが、どうしてもできない。そもそも話すのがうっとうしい。私も子どもの頃そうだったが、息子の側からすると、ぜったいに親父のようにはなりたくない、という思いがある。うちには子どもがいないのでわからないのだけど、父親側にだって息子に対しては複雑な感情があるはずだ。
今回は、そんな父と息子の微妙な関係を描いた室井大資のマンガ『秋津』を紹介しよう。
***
登場するのはマンガ家の秋津薫とその息子で小学4年生のいらか。父の薫は、青年誌で爆薬好きの悪役が登場するようなちょっとやばいマンガを描いている。とくに売れているというわけではなく、単行本はせいぜい2万部どまり。鳴かず飛ばずという中途半端なポジションだ。性格は自己中心的で、極めてエキセントリック。愛想を尽かした嫁は父と息子を残して家を出てしまった。
そんなダメ父の姿を見て育ったいらかは、クールなキャラ。誕生日に南部鉄瓶をもらって喜ぶような渋い趣味を持ち、友達にからかわれても決して怒ることがない。クールになったのは、日頃からモンスターのような父親の理不尽で破天荒な行動に巻き込まれ鍛えられているからだ。
父のアシスタントをつとめるのは、いたってまともなマンガ青年・西くん。凄腕のアシスタントとして秋津には欠かせない存在。しかも、オフの時にはデビューを目指して自らの原稿を描いている。
ふらりと秋津家にやってきた、マンガ家の山口はかつて秋津と同じ雑誌で連載を持っていた仲間。最近はひどいスランプに陥って、酒を飲んでは周囲に迷惑をかけている。秋津でさえときに持て余すほどの存在だが、西くんがアシスタントに入れない時には頼りになる助っ人でもある。
助っ人らしき存在といえば、謎のマンガ家志望者・戸渡も。ただし、マンガの才能がないうえに、アシスタントとしても使えない、実に厄介な存在。秋津が追い払っても追い払ってもどこからか姿を現し、秋津がカルチャースクールのマンガコースで非常勤講師をはじめるとちゃっかり受講生に混じっている。どうやら秋津のファンらしい。マンガスクールの生徒では、秋津も絶賛するほどの才能を持ちながら超がつく引っ込み思案の瀬戸さんも活躍する。
マンガには欠かせない、編集者たちも登場する。秋津の担当・村瀬は、編集者には珍しく押しが弱い。遊んで締切が守れない秋津のためにデスクや印刷所からは責められ、自分が編集に向いていないせいではないか、と悩むことも。しかも、同僚も心配するほど体が弱い。
いらかのクラスメートも、マンガ家・秋津のファンで、いらかがいやがる姿を見るのが大好き、というちょっとひねくれた女の子・ことこをはじめとして、一筋縄ではいかない。
というわけで、この作品はマンガ家マンガとして読んでもおもしろい。だけど、はじめにも書いたように、このマンガのメインテーマはあくまでも父と子のビミョーな関係だ。
冒頭に出てくるいらかのモノローグがすごい。
「ボクは この父が とっても いやです」
どこが嫌なのかは、単行本2冊を読むまでもなく、第1話を読めばわかる。父親は大人になりきれていない、いや、はっきり子どもなのである。いらかは自分よりも子どもな父親が、自分の領域にまで出しゃばってくることに反発しているのだ。
実は、秋津もいらかの気持ちを察していないわけじゃない。だから、家に帰っていらかの姿が見えないというだけで不安になる。なんとか、好かれる父親になりたいという気持ちくらいはあるのだ。努力もしてはいる。問題はそのやりかたが間違っているということ。努力の持って行き方がおかしいのだ。
間違いを繰り返しながらも、最終的にはいい父親になりたい父と、父に反発しながらも、父の存在が気になる息子……。男同士ってこういうもんなんだよなあ、としみじみ思う。
最終話では、出て行った嫁が秋津親子のもとに帰ってくることに。そわそわする秋津はこんどこそ家族からの敬意を獲得しようとあせるが、これまたやりかたを間違ってしまう。
母が戻る日の前夜、いらかが作った夕飯を二人で食べる場面がいい。
「オレはまちがう よくまちがうなあ」と言う父に、いらかは応える。
「笑って おかえりなさいって言えばいいんだよ しょうがないじゃない ちゃんとなんかできないんだから どうせ」
それをかっこよく聞いているつもりの父のヘンテコな表情を見ていらかは思う。
「ボクは やっぱり この父が とっても いやです」
翌朝、ベランダから母親の姿を探す父と子。いつの間にか二人はそっくり同じ動作をしている。わかるわかる……。
中野晴行(なかの・はるゆき)
1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。
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