『鬼滅の刃』が継承した鬼退治の原像――コロナ禍の令和で蘇った「鬼」の正体

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 鬼といえば、桃太郎伝説に登場する角を生やした赤い姿が一般的ですが、大ヒットとなった『鬼滅の刃』の中で多種多様な「鬼」が登場したことで、鬼に対するイメージが変わった人も多いことでしょう。コロナ禍と重なった鬼滅ブームは、私たちの心の奥底に潜む「恐ろしいもの」への畏怖とそれへの克服を考えるいい機会にもなりました。

 ここでは、民俗学・口承文芸学が専門で、『鬼と異形の民俗学』(ウェッジ刊)の監修を務めた國學院大學准教授の飯倉義之氏に、令和の闇に踊る「鬼という存在」について、お話をうかがいました。

コロナ禍と重なった「鬼滅ブーム」

 元号が令和に替わって3年目の夏が来ました。今現在も新型コロナウィルスの抑え込みに成功しているとは言い難いでしょう。

 国内では政局の混乱が収まらず、国外からは紛争・政変などの情報が刻一刻と伝わってきます。令和の日本社会と世界情勢はいまだ混迷の内にあるといえるでしょう。

 この世相において人々に希望を与えた作品があります。吾峠呼世晴(ごとうげこよはる)氏の漫画作品『鬼滅の刃』(集英社)です。

 大正時代の日本を舞台として、主人公・竈門炭治郎(かまどたんじろう)と妹・禰豆子(ねずこ)が、鬼狩りを使命とする「鬼殺隊(きさつたい)」に身を投じ、人を喰い、人を鬼に変える「鬼」と戦う物語です。

 2016年に『週刊少年ジャンプ』で連載が開始され、2019年のアニメ化から人気に火が付いた同作は、単行本が入手困難になるなど、社会現象ともいえる流行を起こしながらも、2020年に物語を完結し、人気の絶頂期に最終回を迎えました。

 そして2020年のコロナ禍で一斉休業を余儀なくされた映画館が、ソーシャルディスタンスを保つことを条件にようやく再開されたタイミングで公開された『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』は、同年の年間興行収入1位を記録。『鬼滅の刃』はコロナ禍にあえぐ日本社会に、明るい希望の光を届けてくれたコンテンツとなったことは疑いありません。

人はなぜ鬼退治をするのか?

 令和初期を代表するポピュラー・カルチャーとして記憶されるにふさわしい『鬼滅の刃』ですが、その表現技巧やキャラクター造形の見事さ、台詞回しの巧みさなどはさておいて、物語構造に目を向けると、それは実にシンプルで骨太で素朴な骨組みを基にしていることがうかがえます。

『鬼滅の刃』の主人公たちの目標は「鬼を生む“原初の鬼”である鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)を倒すこと」。つまり、鬼を倒すことが物語の完成なのです。令和の日本社会に希望を与えた作品は、昔話「桃太郎」の系譜に連なる「鬼退治の物語」だといえます。

 では、人はなぜ鬼退治を求めるのでしょうか。そもそも鬼とは何なのでしょうか。

 そもそも上古の時代において鬼は穏、隠れたもの、目に見えぬものでした。私たちの生きるこの現世(うつしよ)からはうかがうことのできない不可視の存在であり、その出現は凶事や災害の予兆でした。鬼は災害や疫病、飢饉や戦乱を知らせるモノでした。

 そうして時代が下り武士の世の中である中世に差し掛かるころ、鬼は災害や疫病、飢饉や戦乱の予兆ではなく、原因と考えられるようになりました。鬼や中世に勢力を拡大した天狗といった、常人の目には見えない存在が、人間社会に人知れず災いを振り撒いていると考えられるようになっていったのです。

私たちの不安や怒りを引き受ける存在


源頼光らに退治される鬼(『大江山酒天童子絵巻物』部分、国立国会図書館)

『酒呑童子絵巻(しゅてんどうじえまき)』では、京の都で狼藉(ろうぜき)を働く神出鬼没の酒呑童子とその配下の鬼たちを、源頼光(みなもとのらいこう)と配下の四天王らが大江山で見つけ出し、神仏の加護と武力で退治します。

『是害坊絵巻(ぜがいぼうえまき)』では、中国から来た不可視の天狗「是害坊」が日本の高僧を誑(たぶら)かそうとする試みを、高僧を守護する仏の使者である、これまた不可視の護法童子(ごうぼうどうじ)が打ち砕きます。

 世の中に災いをもたらすのが不可視の鬼などであるならば、英雄がその不可視の鬼を見つけ出し、退治して悪さを止めさせる物語は、禍の終息を望む人々にとっては安寧を与えてくれるものであったでしょう。

 昔話でも、鬼は最後には退治されたり、騙されたりしてストーリーから退場していく。それによって物語の人間社会には平穏が戻ります。鬼は物語の中で退治されてくれることで、私たちを安心させてくれる存在なのです。また、鬼は私たちの不安や怒りを物語の上で引き受けてくれる、哀しくもいとおしい存在なのです。

 コロナ禍と重なった鬼滅ブームのいま、鬼をめぐる日本文化の歴史をたどり、鬼や怨霊、目に見えぬ不安と戦った「鬼殺隊」のイメージソースともいえる歴史上の存在や、単に忌避するだけの存在ではなく、畏怖された鬼の伝承、信仰など、鬼と共にあった日本の民俗文化の一端をたどってみるというのも、有意義ではないでしょうか。

飯倉義之(いいくら・よしゆき)
1975年、千葉県生まれ。國學院大學大学院修了後、国際日本文化研究センター機関研究員等を経て、現在、國學院大學文学部准教授。専門分野は口承文芸学、現代民俗論。怪異・怪談、妖怪伝承に造詣が深く、妖怪をこよなく愛し、研究室は全国で集めた妖怪グッズであふれている。共著に『猫の怪』(白澤社)、共編著に『ニッポンの河童の正体』(新人物往来社)、『日本怪異妖怪大事典』(東京堂出版)、共監修に『京都・江戸 魔界めぐり』(NHK出版)、『日本の妖怪』(宝島SUGOI文庫)などがある。

ウェッジ
2021年7月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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