年収1500万円の弁護士と540万円の教師はどちらが「幸せ」か? ハーバード大が本気で研究した結果

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お金に恵まれ選択肢がある人生でも幸せとは限らない(※写真はイメージ)

「あなたは、人生に何を求めますか?」

こう尋ねられた多くの人が「幸せになること」と言うのだという。曖昧ではあるが、究極の答えでもある。しかし、「幸せ」とは何なのだろうか。幸せな人生とは、どんな人生か。

この答えを見つけるために、ハーバード大学が1938年から 84年間もの歳月を費やし現在も 追跡調査しているのが、「ハーバード成人発達研究」だ。人々の健康と幸福を維持する要因を解き明かすため、膨大な質問と様々な測定を行い、同じ被験者群を追跡してきた。体重、運動量、喫煙や飲酒の習慣、病歴など健康状態の全記録に加え、雇用状況や親しい友人の数、家族との関係、宗教や政治的傾向などのデータを収集し、対面調査では被験者の振る舞いやアイコンタクト、服装、生活状況も確認する。さらに血液やDNAサンプル、心電図や脳画像診断書まで揃える徹底ぶりだ。

2000人以上にもなる被験者を通して見えてきたのは、人々の健康と幸福に最も重要なのが、富を手にすることでも、健康的な食生活や運動を続けることでもない、という予想に反したものだった。

「幸せな人生」にとって最も大切なものとは一体何なのだろうか。この研究をベースに出版された『グッド・ライフ』(ロバート・ウォールディンガー, マーク・シュルツ 著、児島修 翻訳、辰巳出版)から、ハーバード大学が解き明かした幸せな人生の秘訣を探ってみる。

※以下は『グッド・ライフ』をもとに再構成したものです。

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年収1500万円の弁護士ジョンと、540万円の高校教師レオの人生

1946年、ジョン・マースデンとレオ・デマルコは人生の岐路に立っていた。2人ともハーバード大学を卒業した、第2次世界大戦の志願兵だった。 ジョンは健康上の理由から米国本土での軍務に就き、レオは海軍兵として南太平洋で従軍した。戦争が終わると、2人は新たな人生を歩み始めた。2人とも人がうらやむ境遇にあった。ジョンの家族は裕福で、レオの家族も上位中流階級だった。超一流大学を卒業した白人男性という社会的に優位な立場だ。そのうえ退役軍人には国からも地方自治体からも手厚い社会的・経済的援助があった。2人の将来には、「グッド・ライフ(幸せな人生)」が待っているように見えた。

 ハーバード成人発達研究開始時の被験者の約3分の2はボストンの最貧地区の出身者で、残りの3分1はハーバードの学部生だった。ハーバードの学部生には成功が約束されており、米国における「幸せな人生」を送るはずだと思われていた。ジョンやレオのような裕福な家庭の出身者も多く、多くが専門職に就き、結婚し、経済的にも成功していた。

 まさに常識が人を惑わせる例がここにある。物質的な豊かさは幸せを決める条件だ、と当たり前のように思い込んでいる人は多い。恵まれない境遇にある人は幸せになりにくく、恵まれている人ほど幸せになりやすい、と考える。だが、科学によれば、現実はもっと複雑だ。数千人の被験者の人生を分析してみると、人々の予測や常識に必ずしもそぐわないパターンが浮かび上がってくる。ジョンとレオのような個人の人生をたどってみると、人生において本当に大切なことが見えてくる。

ジョンは夢を叶えて弁護士に、レオは母の介護で夢を諦め高校教師になった

 ジョンには選択肢があった。地元のオハイオ州クリーブランドに残り、父親が営む衣料品チェーンに入社して最終的に会社を引き継ぐか、長年の夢を追って法科大学院に進学するか(シカゴ大学の法科大学院から入学許可を得たばかりだった)。ありがたいことに自分で選べる立場にあった。傍目には、どちらの道を選んでもジョンは幸せになると思われた。

 ジョンは進学を決意した。いつだって勤勉な学生だったし、努力家だった。本人によれば、成功したのは頭がよかったからではなく、必死に勉強したからだ。本研究の調査でも、失敗したくない一心で勉強に打ち込み、気が散るからとガールフレンドさえつくらない時期もあった、と話していた。トップクラスの成績でシカゴ大学を卒業すると、魅力的な仕事のオファーがいくつも舞い込み、最終的には、かねてからの希望どおり、公共サービス支援を得意とする法律 事務所に就職した。政府の公共サービス運営に関するコンサルティング業務を担当し、シカゴ大学で教鞭も 執った。父親は家業を継いでもらえず落胆したが、息子を大いに誇りに思っていた。ジョンの人生は順風満帆だった。

 他方、レオの夢は作家かジャーナリストになることだった。ハーバード大学では歴史を専攻し、戦地では克明な日記をつけていた。いつか本を書くときに使えるかも、と思っていた。戦争体験を通して自分の目指す道――歴史が庶民の生活に与える影響について書くこと――は正しいと確信した。だが、海外での従軍中に父親の訃報が届き、帰国するとすぐに母親がパーキンソン病と診断された。3人きょうだいの長子だったレオは、母親の介護のために故郷のバーモント州バーリントンに戻ることを決意し、やがて高校教師の職に就いた。

 教師になってすぐ、レオはグレースという女性に出会い、熱烈な恋に落ちた。2人はすぐに結婚し、1年足らずで子どもが生まれた。その後のレオの人生の道筋はほぼ決まった。40年間にわたり高校教師を続け、作家になる夢を追うことはなかった。

幸福になれたのは年収540万円の高校教師のレオだった

 時計の針を29年後に進めよう。1975年、ジョンとレオ は55歳になっていた。ジョンは34歳で結婚し、年収5万2000ドル(約1560万円)の成功した弁護士になった 。レオは今も高校教師で、年収は1万8000ドル(約540万円)だ。
(※編集部注:日本円へは当時のレートを1ドル=300円で換算)

ある日、2人のもとに、同じ内容の質問票が届く。ジョンは法律事務所での忙しい1日の合間を縫って、レオはバーリントン高校の教室で生徒が歴史の試験に頭を悩ませている間に、質問票に答えを記入する。健康状態や最近の家庭の状況を問う質問に続き、180問の「はい/いいえ」形式の設問に答え始める。例えば、こうだ。

問:人生には喜びよりも苦しみの方が多い。

ジョン(弁護士):はい
レオ(教師):いいえ

問:愛に飢えていると感じることがよくある。

ジョン:はい
レオ:いいえ

問:次の文章の〇〇に、好きな言葉を入れて完成させてください。「人は、〇〇ときにいい気分になる」

ジョン:自分の内なる欲求を満たした
レオ:どんなことがあっても家族から愛されていると感じた
 
ジョンは最も出世した被験者の1人だが、幸福度が最も低い集団に入っていた。ジョンも レオと同じく他人と親しくしたいと思っていたし、家族のことは愛していた。だが、生涯を通じて「人とつながれず悲しい」という思いがあり、質問票には毎回そう書いていた。最初の結婚はうまくいかず、子どもたちとも疎遠になった。62歳で再婚したが、夫婦になって間もない時期から愛のない結婚生活だと感じていた。それでも死ぬまで離婚はしなかった。ジョンが絶望に至った道のりや苦悩を生み出したと思われる要因については、のちほどくわしく説明するが、ここでジョンの人生に見られる1つの特徴に私たちは気づく。ジョンは懸命に幸せを求めていたが、どのライフステージでも自分自身のこと、彼が「内なる欲求」と呼ぶもので頭がいっぱいになっていた。社会に出た頃は他人の役に立ちたいと思っていたが、年月が経つにつれ、人助けより出世を重視するようになった。仕事の成功が幸せをもたらすと強く信じていたが、結局、幸せへの道を見出すことはできなかった。

 一方のレオは、何より人間関係を通して自分をとらえており、質問票に対する回答には、家族や同僚、友人がよく登場した。また、レオは本研究において最も幸せな被験者の1人と考えられている。研究チームの担当者には「いささか凡庸な人物」のように映ったが、本人の弁によれば、レオの人生は非常に豊かで充実していた。夜のニュースに登場するような有名人ではないし、地元の人以外に知られてはいないが、4人の娘と妻は彼を慕っていたし、友人や同僚、生徒たちからの信頼も厚かった。本研究の調査票にも、生涯にわたってずっと、現状は「とても幸せ」あるいは「最高に幸せ」と答えている。仕事そのものにも 意義を見出していたが、弁護士の ジョンとは異なり、 教えることで他者の役に立てるのがうれしかったからだ。

 ***

 この84年にもわたるハーバード成人発達研究では、ジョンやレオのような人々を様々な観点から追跡調査し、一つの結論に辿り着いた。それは、「健康で幸せな生活を送るには、よい人間関係が必要だ」 ということだ。本書では、お金も幸せな生活を送るための要因になりうることは認めているが、強調されているのは、それ以上に「人間関係」が大切であることだ。自分が望む以上に孤立している人は、そうでない人よりも幸福度が低く健康面でも劣るという。

ただ、本書に希望を感じるのは、「人生はもう手遅れなのか?」と感じる人に、はっきりとノーを突き付けていることだ。よい人間関係を築き、これから幸せな人生を手に入れるための多くのヒントが、この壮大な科学研究から得られるだろう。

ロバート・ウォールディンガー(Robert Waldinger)
ハーバード大学医学大学院・精神医学教授。マサチューセッツ総合病院を拠点とするハーバード成人発達研究の現責任者であり、ライフスパン研究財団の共同創立者でもある。ハーバード大学で学士号取得後、ハーバード大学医学大学院で医学博士号を取得。臨床精神科医・精神分析医としても活動しつつ、ハーバード大学精神医学科心理療法プログラムの責任者を務める。禅師でもあり、米国ニューイングランド地方はじめ世界中で瞑想を教えている。

マーク・シュルツ(Marc Schulz)
ハーバード成人発達研究の副責任者であり、ブリンマー大学の心理学教授でもある。同大学のデータサイエンスプログラムの責任者であり、以前は心理学科の学科長を務め、臨床発達心理学博士課程の責任者でもあった。アマースト大学で学士号取得後、カリフォルニア大学バークレー校で臨床心理学の博士号を取得。ハーバード大学医学大学院で博士研究員として健康心理学および臨床心理学の研鑽を積んだ後、現在は臨床心理士としても活動している。

Book Bang編集部
2023年6月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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