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- 今夜、もし僕が死ななければ
- 価格:781円(税込)
10 歳で交通事故に遭い両親と妹を失ったころから、人の死期が見えるようになってしまった主人公。なぜこんな力が自分にあるのか、なんのためにこの力を使えばいいのかはわからない。けれど見て見ぬふりのできない彼は、死の近い人々に声をかけ寄り添う――。
帯の「泣けます」は嘘じゃなかった! 名作映画にまつわる5篇からなる本作より、第1幕の一部を公開します。
***
金曜の夕方、学生服を着た少年が休憩所に現れた。
その時、私は『グッド・ウィル・ハンティング』を観ていた。ロビン・ウィリアムズがマット・デイモンに向かって「It‘s not your fault」と繰り返すシーン。私は生まれて初めて映画の視聴をクライマックスで中断し、ノートパソコンを閉じた。
自動販売機でペットボトル飲料を買い、少年が休憩所から出て行く。私はノートパソコンをテーブルに放置してその後を追った。廊下を曲がる少年の肩を掴み、声をかける。
「君」
少年の身体が、わずかに上下した。そしてゆっくりと振り返り、見知らぬ男を前にした畏怖と困惑を表情で伝える。私は少年の反応を試すため、出し抜けに告げた。
「あのおばあさん、亡(な)くなったよ」
「え?」
「少し前、君がこの病院で頬を叩かれたおばあさん。君が予言した通り、あれからすぐに亡くなった」
目を凝らし、少年を観察する。少しの心の動きも見逃してはならない。特に驚愕(きょうがく)、「適当言っただけなのに本当に死んじゃったんだ」という類(たぐい)の感情だけは、絶対に。
少年が俯き、長いまつ毛の下で目線を横に流した。
「……そうですか」
やる瀬無い。
一言で表現するなら、それだった。分かっていたけれど、当然のことだけれど、やりきれない。悲劇的な結末を迎えることが分かっている映画を鑑賞し、その通りの結末を迎えた時に、彼女がよくしていた表情。
確信に近い予感が、確信に変わった。
「君の用事が終わった後、僕と話せないか」
少年に迫り、勢いよくまくしたてる。
「君は誰かのお見舞いに来たんだろう。それが終わったら僕の病室に来て欲しい。君と話がしたい。君のことをもっと知りたいんだ」
少年はきょとんと目を丸くしていた。幼さの残る高い声で、私に尋ねる。
「なぜ?」
なぜ。
それは——知りたいからだ。一人の死にかけている人間として、愛する人の死に触れた人間として、人の死が持つ意味を教えて欲しいからだ。
死は運命なのか。
死期が見えた人間を救うことは出来ないのか。
私は、彼女を——
「——人の死期が見えるなんて、すごい能力を持った人間に出会ったら」
私は肩を竦(すく)め、おどけたように言って見せた。
「その人のことをもっと知りたいと思うのは、当然じゃないか?」
はぐらかす。少年が口元を緩め、あどけなく笑った。
「そうですね」
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1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「新潮」「芸術新潮」「週刊新潮」「ENGINE」「nicola」「月刊コミックバンチ」などの雑誌も手掛けている。
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