両親と妹の事故死から人の「死期」が見えるように……本当に泣ける、 浅原ナオト『今夜、もし僕が死ななければ』試し読み

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10 歳で交通事故に遭い両親と妹を失ったころから、人の死期が見えるようになってしまった主人公。なぜこんな力が自分にあるのか、なんのためにこの力を使えばいいのかはわからない。けれど見て見ぬふりのできない彼は、死の近い人々に声をかけ寄り添う――。

帯の「泣けます」は嘘じゃなかった! 名作映画にまつわる5篇からなる本作より、第1幕の一部を公開します。

 ***

 金曜の夕方、学生服を着た少年が休憩所に現れた。

 その時、私は『グッド・ウィル・ハンティング』を観ていた。ロビン・ウィリアムズがマット・デイモンに向かって「It‘s not your fault」と繰り返すシーン。私は生まれて初めて映画の視聴をクライマックスで中断し、ノートパソコンを閉じた。

 自動販売機でペットボトル飲料を買い、少年が休憩所から出て行く。私はノートパソコンをテーブルに放置してその後を追った。廊下を曲がる少年の肩を掴み、声をかける。

「君」

 少年の身体が、わずかに上下した。そしてゆっくりと振り返り、見知らぬ男を前にした畏怖と困惑を表情で伝える。私は少年の反応を試すため、出し抜けに告げた。

「あのおばあさん、亡(な)くなったよ」

「え?」

「少し前、君がこの病院で頬を叩かれたおばあさん。君が予言した通り、あれからすぐに亡くなった」

 目を凝らし、少年を観察する。少しの心の動きも見逃してはならない。特に驚愕(きょうがく)、「適当言っただけなのに本当に死んじゃったんだ」という類(たぐい)の感情だけは、絶対に。

 少年が俯き、長いまつ毛の下で目線を横に流した。

「……そうですか」

 やる瀬無い。

 一言で表現するなら、それだった。分かっていたけれど、当然のことだけれど、やりきれない。悲劇的な結末を迎えることが分かっている映画を鑑賞し、その通りの結末を迎えた時に、彼女がよくしていた表情。

 確信に近い予感が、確信に変わった。

「君の用事が終わった後、僕と話せないか」

 少年に迫り、勢いよくまくしたてる。

「君は誰かのお見舞いに来たんだろう。それが終わったら僕の病室に来て欲しい。君と話がしたい。君のことをもっと知りたいんだ」

 少年はきょとんと目を丸くしていた。幼さの残る高い声で、私に尋ねる。

「なぜ?」

 なぜ。

 それは——知りたいからだ。一人の死にかけている人間として、愛する人の死に触れた人間として、人の死が持つ意味を教えて欲しいからだ。

 死は運命なのか。

 死期が見えた人間を救うことは出来ないのか。

 私は、彼女を——

「——人の死期が見えるなんて、すごい能力を持った人間に出会ったら」

 私は肩を竦(すく)め、おどけたように言って見せた。

「その人のことをもっと知りたいと思うのは、当然じゃないか?」

 はぐらかす。少年が口元を緩め、あどけなく笑った。

「そうですね」

浅原ナオト
会社勤めの傍ら、小説投稿サイト「カクヨム」に2016年10月より『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』を投稿開始。18年に書籍化した同作品はNHKで「腐女子、うっかりゲイに告る。」というタイトルでドラマ化され、話題を呼んだ。そのほかの著作に『#塚森裕太がログアウトしたら』『100日後に別れる僕と彼』などがある。

新潮社
2023年7月 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「新潮」「芸術新潮」「週刊新潮」「ENGINE」「nicola」「月刊コミックバンチ」などの雑誌も手掛けている。

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