少女たちは本の世界を冒険する! 胸躍るファンタジー 深緑野分『この本を盗む者は』試し読み

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書物の蒐集家(しゅうしゅうか)を曾祖父に持つ高校生の深冬(みふゆ)。父は巨大な書庫「御倉館(みくらかん)」の管理人を務めるが、深冬は本が好きではない。ある日、御倉館から蔵書が盗まれたことで本の呪い(ブック・カース)が発動し、街は物語の世界に姿を変える。泥棒を捕まえない限り世界が元に戻らないと知った深冬は、不思議な少女・真白とともにさまざまな物語の世界を冒険していくのだが……。

初めて本に没頭した時のワクワクが鮮烈に甦る! 文庫化され話題の本書より、冒頭部分を特別公開いたします。

 ***

 読長町(よむながまち)の御倉嘉市(みくらかいち)といえば、全国に名の知れた書物の蒐集家(しゅうしゅうか)で評論家であり、おぎゃあとこの世に産まれ落ちてから縁側で読書中にぽっくり逝(い)くまで、読長に暮らし続けた街の名士であった。

「わからないことがあったら御倉さんに訊(き)け」「本探しなら御倉さんで一発だ」「悩みなら医者よりまずは御倉さん」等々、生き字引と珍重されていた御倉嘉市だが、その書庫に果たして何冊の本が詰め込まれているのかは、誰も知らない。

 読長町は角のまるい菱形(ひしがた)をしている──太い川が分岐し、いったん北と南に分かれ、また合流するちょうどその間、島のように周囲から切り離された地形にできた街である。

 この菱形の真ん中に立つのが“御倉館(みくらかん)”だ。床や柱の改修補強工事を繰り返し、嘉市が死ぬ頃には地下二階から地上二階までの巨大な書庫と化したこの御倉館は、かつて「読長に住む者なら幼稚園児から百歳の老人まで一度は入ったことがある」とまで言われるほどの、街の名所だった。

 一九〇〇年に産まれた嘉市が大正時代からこつこつ集め続けたコレクションは、同じく優れた蒐集家だった娘、御倉たまきに引き継がれ、ますます増殖していった。

 そして本のあるところには蒐集家がやってくる。蒐集家にも善人と悪人がいる。

 たまきはある日、御倉館に所蔵された稀覯本(きこうぼん)の一部、約二百冊が書架から消え失(う)せているのに気づいた。その前から本の盗難はしばしば起きており、一度など、たまきは父の知己である古書商を脅して古本取引所を張り、高額で転売しようとする輩(やから)を怒鳴りつけて警察に突き出したこともあった。

 しかし一度に二百冊の稀覯本が失われたのを見て激昂(げっこう)したたまきは、ついに御倉館を閉鎖することに決めた。近所の住民たちは、大手の警備会社から来た作業員たちが、たまきの監視下、一日がかりで、建物のあらゆる場所に警報装置をつけているところを目撃した。これ以降、御倉一族以外は誰ひとり、館内に入ることも、本の貸し出しもできなくなった。たとえ父の親友であろうと、名の知られた学者であろうと、頑として拒んだ。

 御倉館は閉ざされた。その結果、これまで盗難が発覚するごとに聞こえていたたまきの叫び声も、二度と聞こえなくなった。やれやれこれで平和になる、御倉館の蔵書に触れられないのは残念だが、今や読長は書物の町、本を読むのに苦労することはない。そう言って街の人々は胸をなで下ろした。

 しかしたまきが息を引き取った後、ある信じがたい噂がひっそりと流れた。

  その噂とは「たまきが仕込んだ警報装置は普通のものだけではない」というものだった。たまきは愛する本を守ろうとするあまりに、読長町と縁の深い狐神(きつねがみ)に頼んで、書物のひとつひとつに、奇妙な魔術をかけたのだという。

 この物語は、たまきの子どもで、現在の御倉館の管理人である御倉あゆむとひるねの兄妹(きょうだい)のうち、あゆむが入院した数日後よりはじまる。

 だが主人公はあゆむとひるねではない。そのさらに下の世代、あゆむの娘、御倉深冬(みふゆ)である。

深緑 野分(ふかみどり のわき)
1983年神奈川県生まれ。2010年「オーブランの少女」が第7回ミステリーズ!新人賞佳作に入選。13年、入選作を表題作とした短編集でデビュー。他の著書に『戦場のコックたち』『分かれ道ノストラダムス』『ベルリンは晴れているか』『この本を盗む者は』『カミサマはもういない』『スタッフロール』がある。最新単行本『空想の海』には『この本を盗む者は』のスピンオフ短篇も収録されている。

KADOKAWA カドブン
2023年7月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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