<書評>『デヴィッド・ストーン・マーティンの素晴らしい世界』村上春樹 著
[レビュアー] 中条省平(学習院大学フランス語圏文化学科教授)
◆ジャズ愛語る澄んだ言葉
村上春樹は作家になる前、ジャズ喫茶を経営していた。彼にとってジャズはかけがえのない人生と芸術の糧だった。
本書では、そんなジャズに捧(ささ)げられた時間が、鍾乳石から滴る水のように澄んだ言葉となった。その解説に耳を傾け、収録された188枚ものアルバムのカラー図版を見ているだけで、ジャズが最も魅力的だった時代の響きがよみがえる。
デヴィッド・ストーン・マーティンは、主にクレフやヴァーヴ等のレコード会社でジャケット・デザインを行った画家だ。ちょっとベン・シャーンを髣髴(ほうふつ)させる画風で、音楽家との親密な交流から、独自の鋭さとユーモアを兼備する心のこもった肖像を描いた。パーカー、ホリデイ、パウエルなどは、とくに印象に残る。
単純だが大胆な色使いと、なぜか電球や、鍵の垂れた扉や、動物などをあしらう謎にみちた画面構成でも、一度見たら忘れられないレコードを数多く作った。
マーティンの画面と中身のジャズの説明が見事に溶けあって、私たちを絵と音楽の温かい喜びに導いてくれる。
(文芸春秋・2530円)
1949年生まれ。近刊に『中国行きのスロウ・ボート』復刻版。
◆もう一冊
『ポートレイト・イン・ジャズ』和田誠、村上春樹著(新潮文庫)。ジャズの名盤を紹介。