『鉄道の音を楽しむ』片倉佳史著
[レビュアー] 遠藤秀紀(解剖学者・東京大教授)
昔の電車の床下にはカム軸接触器なる装置があった。異なる角度に突起を配した円板を一本の軸に並べ、軸を回転させることで主回路を細かく切り換え、車両を円滑に加速させるのだ。電車で小学校に通う私は毎日カム軸が回る微細な振動を靴の裏で感じ取り、それが発する規則的な音を愉(たの)しんだ。都会の子供に幸運にも用意された、鉄道マニア養成英才教育である。
そんな機会に恵まれなかった読者でも、この本と接すれば、いまから音を標的に鉄道趣味を始めようという思いを抱くだろう。
著者は、蒸気機関車の音が入ったレコードに夢中になった世代である。録音して繰り返し聴いてこそ、「音鉄」趣味が成就するという信念を冒頭から見せる。
モーターやエンジン、レールの継ぎ目の音だけではない。旧式踏切の警報音を探し求め、ホームや車内の放送を相手に、言葉遣いや楽曲にもこだわる。旅に出ては御当地の車両音を追う。どんな音でも逃すまいと、耳を澄ますのだ。
後半は、鉄道音の「プロ」との対談だ。夢中になれる人生は素晴らしい。趣味人の執着心に、幸あれ。(交通新聞社新書、990円)