『評伝 丸山眞男』
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『評伝 丸山眞男 その思想と生涯』黒川みどり著
[レビュアー] 橋本五郎(読売新聞特別編集委員)
不断の革新と個の尊重
戦後最大の社会科学者丸山眞男は私たちに膨大な知的財産を残してくれた。『丸山眞男集』(17巻)『別集』(4巻)『講義録』(9冊)『座談』(9巻)『書簡集』(5巻)『話文集』(8巻)『回顧談』(上下)。それを読み解くことは政治とは何か、日本人とは何か、私たちはいかに生きるべきかを考える上で必須の作業になる。丸山の思想・論理構造を内在的に徹底分析した本書は「丸山眞男の深い森」に入るための最良の道案内人になるだろう。
『日本の思想』や『日本政治思想史研究』『現代政治の思想と行動』などの名著を残した丸山思想史学の特徴は、思想を「思惟構造」にまで碇(いかり)を降ろして明らかにすることだった。価値判断(当為)を抜きにした完全な認識など不可能だという覚悟のもとに内在的にメスを入れることを自らに課した。そこから荻生徂徠の中に朱子学の崩壊過程を見(み)出(いだ)し、「政治」の発見をたぐり寄せたのだった。
理想主義者と言われた丸山だが、判断、認識においては醒(さ)めたリアリスト(現実主義者)だった。高度なプラグマティスト(実際主義者)たらんとした。「政治とは悪さ加減の選択」であるという諦念を持ち、民主主義に多数支配に堕す危険を見て、不断に内部から革新する「永久革命」の必要性を説いた。
丸山が終始抱いていたと思われる日本社会、日本人の「後進性」の指摘に違和感がないわけではないが、生涯を通じて強調してやまなかった「個」の大切さ、「個人がノーと言える権利」の尊重は今私たちがもっとも求められているものでもある。それゆえ丸山は、個人個人の自発的な決断を通じて国家への道を歩ませようとした福沢諭吉を誰よりも評価するのである。
丸山から学ぶことはこれらに尽きない。それをどのように導き出すか。それは私たち自身の主体的な思想的営為にかかっているのだ、ということも本書は教えてくれるのである。(有志舎、3520円)