『鉄道と愛国』
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『鉄道と愛国 中国・アジア3万キロを列車で旅して考えた』吉岡桂子著(岩波書店)
[レビュアー] 橋本五郎(読売新聞特別編集委員)
威信背負って走る宿命
中国や東南アジア、中東、欧米の鉄道を旅すること30年余り、その距離は優に3万キロを超える。そんな著者の溢(あふ)れるばかりの「鉄道愛」と高速鉄道をめぐる政治を深く抉(えぐ)る記者としての「醒(さ)めた目」が見事に融合した作品である。
鉄道が政治を映す鏡であることは、中国の高速鉄道建設を見ればよくわかる。日本、フランス、ドイツが激しい火花を散らした10年越しの北京―上海間の高速鉄道商戦。中国は巨大市場を餌に日欧をおびきよせ、巧みに競わせ、最大限の技術を安価に引き出した。さらにそれを吸収し、一気に自国の技術革新を進める。
新疆ウイグルへの北京発の高速鉄道計画など北京から遠く離れた都市への直行便に中国政府はなぜこだわるか。広い国土を走る鉄道が統一と愛国の象徴になるからだ。車両の名前さえ政治スローガンを背負って走る宿命を背負っている。胡錦濤時代の「和諧号」は習近平時代になって「復興号」に置き換わった。毛沢東の肖像を掲げた蒸気機関車「毛沢東号」の再来として「習近平号」が登場するかも知れない。
著者は東南アジアの鉄道の旅をしながら、ラオスはじめ各国が決して中国のいいなりになっていないことを実感する。もがきながら国益を考えた「したたかさ」を持っている。中国だけを主語にして考えると見誤ってしまう。日本とて同じである。日本と中国のどちらを取るかという踏み絵を踏ませるなど御法度なのだ。
岡山県の宇野線沿線の小さな町に生まれ育った著者にとって鉄道はあたかも大切な人生の一部であるかのようだ。感動的ですらある彼女の「乗り鉄物語」に触れる紙幅がないのが残念である。列車に揺られながら著者は、鉄路が平和の道として、人をつなぎ、モノを運ぶことのありがたさをかみしめる。そして思うのである。
「鉄道は自国の権益を押し広げるナショナリズムの道か。誰かと互いにつながる道なのか。選ぶのは、乗客である私たち自身だ」