【自著を語る】佐藤文香『俳句を遊べ!』
[レビュアー] 佐藤文香(俳人)
■でも、かっこいい俳句なら書いてみたいですよね?
亡き祖父は昭和四年生まれだが、小学生の私がピアノの練習をしているときに隣でバイオリンを弾いてくれた。祖母は昭和九年生まれだが、未だに週に二回英会話に通い、毎年友人と海外旅行に行く。ほかにも「うちのおじいちゃん、七十歳過ぎてるけどサーフィンしてる」「おばあちゃんは海外文学すごい読むから話できるんだよね」そんな心や脳みそが若い人たちは、実は結構いる。そういう人は心の中で、「俳句みたいな老人の趣味はダサい」と思っているに違いない。
書店の詩歌・俳句コーナーを見ていただければおわかりのとおり、巷に溢れる俳句入門書は、ダサい。なぜなら、文字が大きいからだ。定年退職後の趣味に俳句を始めようという老眼の人が買い手として想定されているため、お洒落さよりまず読みやすさが求められる。内容はといえば「~はタブー」「~しましょう」と書かれ、それに従えば一通り俳句らしいものができる、いわゆるハウツー本である。
本書はそれとは真逆だ。申し訳ないがデザインの都合上文字が小さめなので、必要な方は老眼鏡を用意してほしい。そして、ポップな表紙のわりに、易しくはない。しかも、読み終わったところで、簡単に俳句がつくれるようになるとは限らない。
そう、『俳句を遊べ!』は、クリエイティブな人のために存在する、新しい俳句の本だ。写真あり漫画あり心理テストあり。なにより最先端なのは、現代の作家の作品を多く収録していることだろう。
春はすぐそこだけどパスワードが違う 福田若之
椎茸や人に心のひとつゞつ 上田信治
冬の虹でしたと匙で窓を指す 山田耕司
この本の中の俳句は、老人の趣味のそれではなく、若者が見てもかっこいい言葉だ。頭を使わないと読み進められないようにできているから、これから言葉に能動的に関わろうと思う人にこそ読んでほしい。
内容をざっとご紹介しよう。まずは、現在三十歳の私佐藤文香が、二十七歳のモデル・漫画家の水野しずと、同じく二十七歳のアニメーション作家・ひらのりょうに俳句のつくり方をレクチャーする(なぜ年齢を明記するかというと、俳句の世界の平均年齢はたぶん七十代だからだ)。「言葉の筋トレ」や「打越マトリクス」という謎の仕組み(佐藤考案)で、自分の中に眠っている言葉を引き出し、言葉同士の作用について考える。俳人・三橋敏雄の俳句カルタを使って俳句鑑賞バトルを行ったりもする。
俳句の発想、定型の基礎がつかめたところで、作家の長嶋有さん、俳人の池田澄子さん(私の師匠でもある)を招いて、上野動物園吟行・句会を行う。最後には俳句イベントも開催。普段はジャズライブなどが行われることも多い会場で、二十代~八十代までのお客さんを交えてのトークショー句会となった。
巻末には又吉直樹さんと私の対談も収録している。又吉さんとは『火花』が大ヒットする前からの俳句友達で、飲みに行っても俳句のことだけで四時間以上語れる。本書では主に、言葉の音の面白さや、俳句が「わかる」とはどういうことか、どうしたら多くの人に俳句が読まれるか、などを話した。
俳句というジャンルの、今一番生き生きとした部分を面白がることができるという意味で、他にない本ができたと思う。心・脳みそともに若いという自負のある素敵なあなたに、ぜひともおすすめしたい。
半月や未来のやうにスニーカー 佐藤文香