文明を築いた金属の宿命「錆」と戦う人々

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錆と人間

『錆と人間』

著者
ジョナサン・ウォルドマン [著]/三木直子 [訳]
出版社
築地書館
ISBN
9784806715214
発売日
2016/09/01
価格
3,520円(税込)

文明を築いた金属の宿命「錆」と戦う人々

[レビュアー] 鈴木裕也(ライター)

 年間約四五兆円。アメリカ国内の錆による被害額だ。スウェーデンのGDPを上回る金額だという。それゆえ、橋梁、船、缶飲料など、金属と関わる仕事には防錆担当者がいる。「ウォール・ストリート・ジャーナル」の年間ベストブックに選ばれた本書は、錆対策担当者たちの、あまり勝ち目のない戦いを描いている。

 冒頭では、ある冒険家の無謀なチャレンジから倒壊の危機が発見された「自由の女神」の補修工事の顛末を追っている。身長約四六メートル、体重二二五トンの錆びた女神の補修工事は国家プロジェクトの様相を呈するまでに大掛かりとなっていく。読者はこれで錆対策の大変さを痛感させられるはずだ。その後も、“錆びない金属”開発の歴史や、戦艦から銃まで、あらゆる兵器の錆対策を担当する国防総省の錆大使や、石油パイプラインの錆対策プロジェクトに密着する。ある時は、朽ち果てた製鋼所跡で錆の写真を撮り続ける写真家に同行する。著者の錆への情熱はとどまるところを知らない。

 特に読み応えがあったのは、缶詰や缶飲料の缶を作るメーカーヘの執拗なまでの取材ぶりだ。取材先の缶メーカーから拒否されながらも、彼らが缶詰の内部に施す防錆塗料の安全性について執拗に追及する姿は映画化しても面白いのではと思いながら読んだ。

 酸素や水がある限り、ほとんどの金属は錆びる運命にある。塩素も錆を発生させやすいので、潮風にさらされる沖縄の錆害は深刻だ。かつて私は沖縄の離島に九人乗りの超小型機で飛んだ時、錆で欠落した飛行機の床穴からサンゴ礁の絶景を眺めたことがある。着いた離島で乗った自動車も錆びて床がなかった。沖縄に限らず、四方を海に囲まれた日本は錆大国なのだ。だから、錆びる釘を使わない木組み工法が日本で発展した。それなのに老朽化した橋梁や建築物は今も放置されたままで、さらに新しいハコモノを建築しようとしている。ぜひ政治家やゼネコンも本書を読み、錆について考えてほしいと痛感した。

新潮社 新潮45
2016年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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